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第851話
一度だけ、訪れたことのあるリビング。
そこで俺たちを待ち受けていたのは、緊張感丸出しで大きく息を吐いた星の父親だった。
「貴方、星と雪夜君が来てくれたわよ。手土産でシュークリームいただいたから、みんなで食べましょうね」
「……幸咲、コーヒーを頼む」
「父さん、また飲むの?朝から何杯飲んでると思ってんの、トイレ近くなっても知らないからね」
「もう、兄ちゃんっ」
ソファーに凭れ笑う光と、一瞬眉間に皺を寄せた父親。何事もないかのようにキッチンへ向かう母親と、あたふたする星くん。微笑ましいにも程がある家族の風景に、星がこうして純粋な心のまま育ったこと思い知る。
「立ち話をしに来たわけじゃないだろう。座りなさい、星……それと、キミも。あ、光はそこにいなさい」
ダイニングテーブルを囲う椅子は四つ。
星の父親から指示を受け、俺が星の父親の前に座り、その横に星くん。星の前にはおそらく母親が座ることになるのだろうが、光は除外されソファーから俺たちを眺めていた。
「高みの見物させてもらうね、ユキちゃん」
……うっせぇー、悪魔。誰のために、俺がここいると思ってんだよ。
そう出てきそうになった言葉を呑み込み、俺は星の父親と目を合わせた。
星よりも、光の方が父親似の顔をしている。
女らしさは微塵もないが、漂う雰囲気は何処か柔らかく、年相応の大人な男性。それが、星の父親に抱いた最初の印象だった。
「父さん、この人がオレの好きな人……えっと、白石雪夜さん、です」
父親の緊張が移ったのか、星は辿々しく俺を紹介してくれる。すると、俺の視野の範囲の端で、光が腹を抱えてクスクスと笑っている姿が見えた。
……やりづれぇー、帰りてぇー。
光を家に留まらせておくように、星くんに頼んだのは俺だが。正直、邪魔なことこの上ない。それでもそんなことを顔には出さず、俺は星の父親に挨拶するため口を開く。
「初めまして。白石雪夜と申します。本日は、お忙しいところお時間を作ってくださいまして、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ……って、すまない。光、いくら親しい仲と言えど、真剣な挨拶の場でその態度はやめなさい。母さんも、お前達は何がそんなに可笑しいと思っているのか、俺には理解ができん」
「あら、そう?だって貴方ったら、もう既に涙目なんですもの。雪夜君は堅苦しい挨拶なんてしなくても誠実な人だって分かっているし、二人を見てると可笑しくて」
「ユキちゃんがここまで猫被ってんの久しぶりに見るから、もう可笑しくて可笑しくてっ……ごめん、笑い止まんないや」
真剣な父親と、それに合わせ真剣を繕う俺。
そんな俺たちを笑い飛ばす、母親と光。星くんは、どうしたらいいのか分からないのか俺を見て助けを求めてきて。
「ったく、猫なんて被ってねぇーっつーの……礼儀の問題だろ。お前にも関わる話すんだから大人しくしとけや、光」
「あ、いつもの雪夜さんだ」
「それでいいのよ、雪夜君」
「……良くはない」
堅苦しい挨拶よりも、何よりも。
自然体を求められるこの場は、俺と星の父親にとって地獄でしかなかった。
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