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第852話
部屋に漂うコーヒーの香りと、アウェイ感に溢れた家族の日常。どれだけ俺が星のことを愛していても、光と仲が良くても。俺はまだ、赤の他人なのだと感じざるを得ないけれど。
「言葉遣いは褒められたものではないが、キミと光がどれだけ仲がいいのか良く分かった。挨拶らしい挨拶が、まだ出来ていなかったな……私が星と光の父、守だ」
つい先程まで笑い声が響いていた室内だが、緊張感の抜けた父親の声がし始めると、そこは静けさを取り戻す。一見、家族から馬鹿にされているように思えた星くんの父親であったが、父としての威厳はしっかりと保たれているのだろうと思った。
「父さん、オレの気持ちはこの前話した通りだよ。オレは、雪夜さんと一緒にいたい。だから今日は、ここに二人で来たんだ」
落ち着いて話をする星くんは、自分の考えを述べる。恥ずかしがり屋で泣き虫で、でも強い心を持っている星の成長を、おそらくここにいる全員が感じた瞬間だったと思う。
「……好きな気持ちはもちろんあるけど、何より尊敬できる人なんだ。雪夜さんはオレに、たくさんの大切なことを教えてくれた。たぶん、それはこれからも変わらないと思う」
先の見えない未来を、断言することは誰にも出来ない。それは悪いことではないし、分からないからこそ、こうなりたいと思いを描くことが可能になる。
俺も、星も。
当たり前のようで、見落としがちなさまざまなことに気づくことが出来た。好きとか愛しているとか、それは大前提として気持ちの底にあるものだけれど。
「星の気持ちは分かったが、キミはどうなんだ。何故、キミの隣にいるのがうちの子でなければならない」
門前払いはされなかったものの、やはり星の父親はまだ納得するところまで至ってはいないようで。険しい表情を見せ、胸の前で組んだ腕に力を込めた父親は、俺にそう尋ねた。
「男性、女性、そういった性別問わず、俺は星に出逢うまで人に興味を持つことができませんでした。綺麗な景色を見ても、綺麗だと思うことすらできなかったヤツでした」
「雪夜、さん……」
「俺は、尊敬されるような人間ではありません。追っていた夢も、自ら諦めてしまったような男です……そんな俺を変えてくれてたのは、星くん以外にいません。息子さんが、星がいてくれたから、俺はこうして前を向くことができました」
星と出逢ってから、今まで。
過ぎていった日々を思い返し、俺はありのままの自分の姿を話していく。
「お互いに、すれ違ってしまったこともありました。常に、仲がいいとは言えないのかもしれません。ですが、傍にいることができなくても、想い合える相手です……支え、なんです」
「違う。支えられてるのは、いつだってオレの方。雪夜さんがいなかったら、オレは今こうしていられない」
「なんも違わねぇーよ、星。お前は俺の支え、尊敬できるのは俺じゃなくてお前だ。だからこの場が設けられた、全部お前の力で……その強さと、勇気で」
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