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第855話
星の父親に促され、俺がやってきたのは星の部屋だった。初めて星と出逢った場所……そこに足を踏み入れ、懐かしさに浸る余裕もなく、俺は自分の力の無さを改めて痛感していた。
リビングから俺が立ち去る時、不安そうな顔を見せ、なかなか手を離そうとしなかった星のことが気がかりではあるものの。母親がいるのなら問題はないだろうと思い、全ての結末を母親に委ねることになった俺は、星の父親の背中を見つめ溜め息を洩らす。
「まさかうちの子が二人とも、同性に恋をするとは思っていなかったよ。光が、弟のために何故あそこまで必死になれたのか……キミはその思いを、知っているのだろう?」
「はい、ですが……俺は結局、光を救うことができませんでした。恩を返すことすら、できなかったんです。本当に、申し訳ありません」
「雪夜君、諦めの早い男は好かんよ。今、誰が二人の前で話をしていると思っている。幸咲は、あの子たちの母親だ。キミにとっても、そうなる人物なのであろう。信じてやってくれないか、私もキミを信じよう」
俺に向けられることのない、父親の視線。
その先にあるのは、まだ花をつけることのない桜の木。淡い色が咲き乱れる頃、俺と星はこの部屋で出逢って……そして、恋をした。
その事実は変わることなく、今日という日まで続いている。だからきっと、この先も二人で。そう信じているのは俺だけでないことを知り、多くを語らない背中に懐の深さを感じて。
「光が愛している男は、俺よりもずっと誠実な男です。こんな未熟者ではありませんし、いざという時頼りになる男だと思います」
星の母親から全てを告げられているであろう父親に、俺はそう言って光と優の仲を伝えるけれど。
「光は自分が愛する人を失う覚悟をしていたから、星に全ての思いを託して私たちに頭を下げ続けていたんだな……あの子は本当に、大した男だよ。そしてそれは、キミにも言えることだ」
穏やかに向けられた父親の笑顔に、俺は思わず首を左右に振ってしまう。繕う言葉も見つからず、ありのままの俺の姿を晒して。
返答できずにいる俺に、星の父親は優しく諭すような声でこう言った。
「自分が未熟であることを理解している上で、人を尊敬し、自分自身が成長する努力を惜しまない。当たり前のことのように思えるが、誰にでも出来ることではないだろう。その姿勢、大切にするといい」
「恐縮です」
星との付き合いを認めてもらえたのは、光の力が大きい。正直、そのことを一番分かっているのは俺自身で、やりきれない思いを抱えたまま俺はこの場にいたけれど。
星の父親の言葉は、俺のその思いを一変させる。
「引っ込み思案な星が、私に面と向かってキミが好きだと言ってくれた。笑顔で全てを隠す光が、私たちの前で本心を明かしてくれた。キミだから、星と光の気持ちをここまで動かすことが出来た……感謝しているよ、雪夜君」
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