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第857話

【星side】 「貴方たちには、私から話があるわ」 雪夜さんが父さんに連れられてリビングを出た後、静かに口を開いたのは母さんだった。雪夜さんがいなくなった席、そこに移動した兄ちゃんは、オレの隣で幼い頃のように、オレの手を握ってくれている。 「星、貴方のために光が何度も私達に頭を下げていたことを、貴方には知っておいてほしかったの」 「うん……」 知らなかったでは済まされない事実、感謝してもしきれない兄ちゃんへの思い。でもそれは、素直にありがとうと言えないもので。 兄ちゃんを責めるような言葉を言ってしまった自分に嫌悪感を抱き、オレは自分の幼い感情を慰めるように首元のメダイユを服の上から握り締める。 「そしてね、光……もしも私達のことを思って、この先の将来、望まない結婚を考えているのならやめなさい。愛が全てではないわ、世の中そんなに上手くはいかないものよ。でもね、貴方には星と同じように、伴に歩んでいきたい相手がいるんじゃないかしら?」 「母さん、なんで……」 オレへと向けられていた母さんの瞳は、兄ちゃんを映し出す。母親としての母さんの顔、全てを物語るその表情に、兄ちゃんは言葉を失うけれど。 「……彼よ、雪夜君。父さんに会うのは今回が初めてだけれど、私は一度、彼と会って話をしているの。貴方たち二人のことを、雪夜君は包み隠さず話してくれたわ」 知らなかったことが、次々と明らかになっていく場。オレだけじゃなく、兄ちゃんまでもが動揺しているということは、雪夜さんが母さんに会っていた事実を兄ちゃんもオレ同様知らなかったんだと思った。 でも、母さんはそんなことに構わず、穏やかに話を続けていく。 「星、貴方は雪夜君に光が優君と一緒にならないのなら、別れる選択をすると告げたそうね」 「……せい、ユキにそんなこと言ったの?」 「うん……だって、兄ちゃんが好きな人は優さんだから。兄ちゃんが幸せにならないなんて、そんなのおかしいでしょ?」 母さんは、本当に雪夜さんから全てを聞いているんだ。雪夜さんがオレに何度も大丈夫だと言ってくれていた根拠は、きっとここにあったんだってオレは思って。 雪夜さんから託された思いも込め、オレは未だ心閉ざしたままの兄ちゃんに声を掛けた。 「兄ちゃんは、優さんと幸せになるべきだと思う。雪夜さんも、オレと考えは同じだよ。だから雪夜さんは、母さんに兄ちゃんのことも含めて話をしてくれたんだ。雪夜さんは、誰よりも兄ちゃんに感謝している人だから」 雪夜さんがその気持ちを表に出すことはないけれど、オレは兄ちゃんに雪夜さんの想いを伝える役目がある。 「でも、俺は……俺はね、ユキやせいに感謝されるような人間じゃないんだ。本当はとっても汚くて、それを隠すために笑うことしか出来ない愚かな人間なんだよ。そんなヤツが、失った命のことを忘れて幸せを手にするなんて……俺には、出来ない」

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