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第858話
ずっと隠されていた、兄ちゃんの本音。
綺麗だと思っていた兄ちゃんの笑顔が今はどこにもなく、繋いだ手は僅かだけど震えていた。
「光、貴方のせいじゃないの。星のせいでも、もちろん雪夜君のせいでもない。誰のせいでもないのよ、だから光がそこまで気負う必要はないわ」
「でも、だけどっ……」
母さんも、兄ちゃんが悪いだなんて思っていない。誰も兄ちゃんを責めることはないのに、兄ちゃんは自分自身で過去の行いを責め続けてきたんだ。
ぎゅって力が入ったまま、そこには汗が滲む。
この手で掴んでほしい未来の先、そこで静かに待っているのはきっと、優さんしかいない。
誰よりも兄ちゃんを愛して、誰よりも兄ちゃんのことを理解している人で、そして何より……兄ちゃんが心の奥底で、必死に求めている相手。
オレには、優さんみたいに兄ちゃんの気持ちを全部分かってあげることができない。こうして手を繋いで、兄ちゃんの隣にいることしかできないけれど。
オレは兄ちゃんから、いくつもの大切なことを教わってきたから。その教えを胸に、オレが、オレだけが言える大切なことを兄ちゃんに伝えたくてオレは口を開く。
「家族がオレに、星って名付けてくれた時からずっと……オレは、一人で二人分の愛情を受けて育ったんだと思う。だからきっとね、失われてなんていないんだよ。星は生きてるってオレに教えてくれたのは、兄ちゃんでしょ?」
弟のオレだから、兄ちゃんのことを側でずっと見てきたオレだから伝えられる思い。優しさも、愛情も、たくさん注いでもらって生きてきたオレは、小さくてもこの世界で輝く二つの命としてここにいるんだと思うから。
「兄ちゃん、オレは兄ちゃんが大好きだよ」
俯いて唇を噛んでいる兄ちゃんにオレは微笑みかけて、精一杯の想いを込めてそう呟いた瞬間。
「っ……せ、ぃ」
目に涙を浮かべているように見えた兄ちゃんにオレは思い切り抱き着かれ、一瞬だけ呼吸ができなくなった。苦しいって思ったし、びっくりもしたけれど。
でもそんなことよりも、兄ちゃんが感じていた罪悪感みたいなものをなくすことができたのかなって思えたことが嬉しかった。
ふわっと香る香水の匂いは兄ちゃんのもので、その香りに何処か懐かしさを感じて。鼻を啜る兄ちゃんの声が、オレと母さんに兄ちゃんの心の内を教えてくれた。
そして。
「貴方たち兄弟は、お互いに相手の幸せを望んでいるの。でもね、それは兄弟だけじゃない。私も父さんも、貴方たちの幸せを一番に願っているわ」
「母さん……」
「光、貴方が心から愛したい人は誰かしら……言葉にできない思いを告げたい相手は、貴方のことをずっと待っているはずよ」
優しく笑った母さんの言葉が、最後にそっと兄ちゃんの背中を押したんだ。
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