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第868話
何気ない母親のひと言、それを否定も肯定もせず光は笑っているだけだったが。
王様ではないが、光は王子様だから。
俺たちの間では当たり前のことになっている、王子と執事の関係。ただの一般人のクセして、二人ともその言葉がお似合いなのはどうかと思うけれど。
それが、俺の友人二人の付き合いだ。
星と俺は毎度のように巻き込まれ、その度に下僕と化すのは気に食わないが。それでも、こうしてコイツらが笑っていられるのなら、それはそれでいいんだと思う。
星だって、とても幸せそうに俺の隣にいてくれるし。腹が減ったと騒ぐ王子も、そんな光を宥める優も。周りの動きを見て、空気を読む星の両親も。全員揃ってこの場にいられることは、きっと奇跡に近いのだろう。
「雪夜さん、ちょっとそのまま動かないでもらえますか?」
頭でさまざまな思いを巡らせつつ、手は勝手に動いてパスタの具材をフライパンで炒めていた俺は、知らぬ間に背後に立っていたらしい星くんにそう声を掛けられて。
「……いいけど、どーした?」
賑やかな室内の中、星に返事をした俺は炒めているベーコンが焦げないように目線は下へと落としたままだったけれど。
「袖、汚れちゃいます」
俺の後ろからワイシャツの袖をまくっていく星くんは、肘まで綺麗に腕まくりをしてくれた。
「うん、これでバッチリです。もう動いて大丈夫ですよ、あ……でも、白シャツで料理されるのは心臓に悪いので、これからはなるべく控えてくださいね」
俺のシャツの袖をまくり終え、後ろから横へとやってきた星くんは意味有り気に頬を染めてしまう。仔猫さんのそんな表情はとても可愛いけれど、星の表情と言葉が一致しなくて俺は星にこう問い掛けた。
「もし汚れたら、自分で洗うようにすっから大丈夫だけど。俺、そんなに心配されてんのか?」
すると、星はぶんぶんと首を横に振り、俺の肩に手を乗せ背伸びして。
「……雪夜さんの姿がカッコよくてドキドキしちゃうので、なるべく人前ではしないでください」
俺だけに聞こえるように、耳元でそう囁いた星くんはそれだけ言うと俯いて俺の側から離れていく。
意味が分かるようで分からない言葉を残された俺は、首を傾げながら考えてみた。そして、パスタが完成する頃に、その謎が解けて笑ってしまった。
普段、俺が家で料理する時はこんな汚れて困る格好はしない。それこそ白シャツのまま調理することなんて、ないに等しいくらいだ。
しかし、今日は状況が状況だったために仕方なくこの服装まま調理をしているけれど。逆にそれが、星くんの好みにぴったりとハマったのだろう。
結んだ髪と、正装。
星が好きなシャツ姿の俺は、今の星くんには心臓に悪いらしい。
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