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第870話

「今日は本当に、ありがとうございました」 楽しい時間も過ぎ去り、俺が帰宅する頃。 食事の後片付けまで手伝い、そして身支度を整えた俺は星の両親にそう言って頭を下げた。 「こちらこそ、また顔を見せにきておくれ」 「お礼を言うのは私たちの方よ、雪夜君がいてくれて本当に助かったわ」 昼前に来て、そして家を出るのはすっかり夜になった時。最初に来た時はどうなることかと思っていたが、このような形で受け入れてもらうことが出来て、良かったという以外の言葉が見つからない。 「みんなそんなに名残惜しい顔するくらいなら、泊まっていけばいいのに。ユキちゃん家、そこまで遠くないんだからさ」 「明日からは星も学校だし、俺もバイトがあんだよ。執事がそこにいんだから、光は優に構ってもらえ」 「雪夜、またな」 「ユキちゃん、バイバイ」 光と優、父親とはリビングで別れ、玄関では母親と星が俺を見送りに来てくれたけれど。靴を履き、俺がもう一度母親に一礼すると、母親の横にいた星も俺と同様に靴を履いてしまう。 「外、さみぃーからここでいい」 「お見送りしたいので、オレもついて行きます。そんなに長くは引き止めませんから……だから、お願い」 「雪夜君、またいらっしゃいね」 星を止めることはなく、笑顔で俺を送り出してくれた母親。見送りたいと言って聞かない星くんを連れて外に出てみれば、冷たい風が頬を撫でていく。 「さむっ……この寒さの中、俺独りで家帰んのかよ」 「一緒に帰れたら良かったんですけど……でも、今日はとってもいい1日でした。雪夜さん、ありがとうございました」 駐めておいた車の前で、ペコりとお辞儀した星くんは寒そうに身を縮めて。 「星」 やっぱり離したくないと、そう思ってしまった俺は星を抱き締めていた。 本当は、このまま連れて帰りたい。 ゆっくり二人で過ごしたいし、同じベッドで眠りに就きたい。それを許された関係になれたからこそ、余計に溢れてくる欲求を堪えるのは地味にキツい。 「雪夜さん、あったかい」 寒空の下で身を寄せ合い、お互いの確かな体温に癒されて。別れを寂しく思いつつも、俺と星はどちらかともなく身体を離していく。 「またな、星くん」 「はい、お気を付けて」 何ヶ月も会えないわけじゃないし、日が経てばそのうち一緒に暮らせるようになるのだからと。そう自分自身に言い聞かせ、俺は独りで車に乗り込んだ。 車内もすっかり冷気に包まれていて、エンジンをかけてもすぐには温まらないのが辛いけれど。 最後の最後。 星との別れを惜しむ俺は、運転席の窓を開けた。 「星くん、忘れ物した」 「へ?あ、じゃあオレ取ってきます」 「バーカ、ちげぇーって」 手を伸ばせば届く位置にいる星を抱き寄せ、俺はその唇を奪っていった。

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