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第871話

【星side】  「んっ…」 ふわりと重なった、雪夜さんの唇。 それはきっと、さよならの前の忘れ物。 離れてしまうのは寂しいけれど、オレも雪夜さんも先の未来が見えたから。お互いに、寂しさを力に変えることができそうだと思った。 雪夜さんの車が、見えなくなるまで見送って。 冷えた身体を丸めて家に入れば、兄ちゃんの笑い声が響いていた。バイトがあるからと先に帰った雪夜さんとは違い、兄ちゃんと父さんに付き合って優さんはなかなか帰れそうにないけれど。 きっと、兄ちゃんは心底安心しているんだろうなってオレは思っているから。優さんに本当の意味で甘えきっている兄ちゃんが、とても可愛く思えたりして。 色々悩むことはあったけれど、兄ちゃんが兄ちゃんらしく笑える場所は優さんの傍なんだって。兄ちゃん自身が認めてくれたことが、オレはすっごく嬉しかった。 母さんも、父さんも。 暖かく雪夜さんと優さんを受け入れてくれて、オレはもう誰に感謝したらいいのか分からないくらいに今の幸せをそっと噛み締める。 雪夜さんと二人きりの時に話した同棲のこと。 父さんが許可を出してくれたから、春には二人で暮らせるって。まだ詳しいことは決まっていないけれど、オレは数ヶ月後にこの家を出ることになるんだ。 ずっと過ごしてきた場所、帰りたくないと本気で思った場所……ここに、この家には思い出がたくさん詰まっている。今日の出来事だって、雪夜さんと初めて出逢った日のことだって。 兄ちゃんと一緒に育った場所でもあるし、弘樹に告白された場所でもある。泣いて笑って、何気なく過ごしてきた家の中。そこから離れてしまうのは、ちょっぴり切ないけれど。 好きな人がいなくたって、実家を出る人は世の中いっぱいいる。ひとり立ちするって意味合いでいうと少し違うのかもしれないけれど、オレにはオレの描いた夢があるから。目標に向かって、ひたむきに一つずつを頑張っていこうと思えた。 でも、みんなで食事をしている最中に話題に上がったのは、オレの自動車学校の話で。オレに運転させるのは危険だとか、オレが免許を取得しても絶対に雪夜さんが運転するとか。 なぜか周りからの心配が大きくて、オレは数十万円する高級身分証を得るために自動車学校へ通うことになりそうだと思ってしまったんだ。 明日からはいつも通りに学校だってあるし、幸せ気分で浮かれたままいることはできない。学生生活も残り僅かなところまでやってきているのだから、オレが目を向けなきゃならないことはオレが思っている以上に多い気がする。 今日が幸せだからって、明日も幸せとは限らないけれど。明日も幸せだと思えるように、オレはオレらしく今を生きていこうと思った。

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