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第880話
「コーチ、白石コーチっ!」
康介と別れた後、通常通りバイトに勤しんでいた俺を呼び止めたのは、一人のスクール生だった。
小学校低学年から始まり、今は高学年の指導が終わって。ソイツらと入れ替わりで中学生のヤツらがちらほらコートに集まりだしている中で、自分の練習時間が終わっても帰ろうとしない生徒が一人。
「長谷部、どうした?」
俺がコーチの職に就いた時からこのおチビさんの面倒を見ている俺は、早く帰れと急かすことなくコートから出るとそう問い掛けた。
「春から俺も中学生だから、中学生のトレーニング見てから帰ってもいいですか?」
「親御さんに、帰り遅なるって言ってあるか?」
低学年のおチビさんは保護者と一緒にスクールへ来ることが殆どだが、高学年ともなると一人でスクールまで来て一人で帰る生徒は少なくない。
長谷部もその中のひとりだから、確認すべきことを俺は先に尋ねた。
「あーっと、言ってねぇ……でも、今日はアニキが迎えに来てくれることになってるから大丈夫です。まだアニキ来てないし、邪魔はしないから見学させてください」
「分かった。じゃあ迎え来るまで、そこのベンチに座って見学してていい。お前が見とくべきヤツはアイツだな、ボールタッチと一瞬の判断が上手いから手本になる」
「あの先輩って確か、ナショナルの人ですよね?やっぱ部活サッカーだと、限界あんのかな……あの人って、クラブユースでしょ?」
俺の指示を聞き入れ、ベンチに腰掛けたおチビさんの横に立ち、俺はストレッチしながら中学生の行動を見張りつつ、おチビさんの話相手をしてやることにした。
真剣にプロを目指しているこのおチビさんは、家庭の金銭的事情があって中学では部活一本でやっていくことを決めている。しかしながら実力面だけみれば、クラブチームで実力のある選手と共に上へいきたいと思っている本人の気持ちも俺は知っている。
サッカーをやっていて、春から中学生になるおチビさんたちが最初に悩むのは、部活かクラブかの選択だ。部活とクラブ、どっちがいいかなんてもんは誰にも分からない。ただ、クラブでやっていくとなるとかなりの金額が掛かるし、部活は部活で実力差が大きい。
公式戦に出場することなく、クラブの運営とは違う方法でサッカーを学べる場として設けられているのがこのスクール。そのため、クラブユースの生徒もここのスクールに通うことは可能だ。
どうでもいいようなことをごちゃごちゃ説明したが、俺の横にいるおチビさんは、自分がした選択に疑問を抱いているから。
「部活で上下関係を学んで、実力だけじゃなくチームの大切さを実感してこい。サッカーは、独りじゃできないスポーツだから」
「そっか……そう、ですよね。クラブだと個々の能力が重視されがちになるし、部活だからだって上にいけないわけじゃない」
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