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第882話

日が暮れた空に、コートを照らす灯りが揺れる。スクール生はストレッチを済ませたようだが、どうやら今日の寒さはそんな彼らのやる気を奪っているようだ。 俺の横で真剣にコート内を見つめる長谷部も身を震わせていて。俺は、そんなおチビさんの肩に俺が着ていたウィンドブレイカーを掛けてやった。 「お前も体、冷やさねぇーように。俺そろそろコート戻るから、お前は迎え来るまでソレ使ってろ」 「……コーチの服、すっげぇ良い匂いする!ありがとうございますっ!」 いつまでも長谷部だけを構っているわけにもいかず、俺はおチビさんにそう言うとその場を離れ、今度は中学生の相手をすることにした。 「単にランニングってだけじゃつまんねぇーから、今日は鬼ごっこすんぞー」 ダラダラとコート内を走る彼らに、今足りないのは闘争心。真剣な姿をカッコ悪く感じて、練習をサボることの方がカッコ良く感じる謎の病気を発症中のヤツらを、このまま見過ごすワケにはいかないから。 「コーチ、俺らもうガキじゃねぇんだけどぉー」 俺にもこんな時、あったな……なんて思いつつ、その姿が中学生男子特有の病なことを知っている俺は苦笑いしながらこう答えた。 「随分と余裕じゃねぇーか。そりゃそうか、お前ら中学生だし。んじゃ、5分間このコート内走り回って俺から逃げるのも余裕だよな」 「げ、イッシーが鬼やんのかよッ!?」 「マジかぁ、イッシー鬼コーチじゃん」 「うっせぇー、もうガキじゃねぇーなら俺に捕まんなよ。30秒やっから、今のうちに逃げろ」 文句を言いつつも、ダラけていたさっきまでとは違う目の色を見せる彼らは、俺の足の速さをよく知っている。隠しきれなくなった闘争心に火がつき、俺に負けるものかとやる気になってくれた彼らに感謝して。 5分間、アホみたいに真剣にスクール生と遊んだ俺は、勝利の笑みを浮かべた。今日の練習に参加しているのは15名、その中で俺から逃げきれたヤツは一人もいない。 「イッシー大人げねぇ……ってかクソ速ぇ、全員捕まえるとかありえねぇだろ」 「あーっ、あっちぃ……イッシー、ピステ脱いでいいっすかぁ?」 全力で逃げたヤツらの体温は俺の企み通りに上昇し、そして想像以上のやる気を俺に見せつけてくるから。複雑なようで単純なヤツらの指導をしつつ、俺がふとコートの外に目をやった時。 星くんと同じ制服を着た男子が俺の視界に入り、その男子は長谷部の隣に立つと俺に会釈して。長谷部の兄貴って星と同じ高校に通ってんのかと、そう思った俺は世間の狭さを感じた。 光ほどではないものの、なかなかキレイな顔立ちをしている長谷部の兄貴。制服は着崩しているが、黒髪でクールビューティーそうな男子は弟から俺のウィンドブレイカーを奪う。その様子を見ていた俺は、練習中の中学生にひと声掛けた後、長谷部兄弟の元へ向かった。

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