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第886話
免許の交付も無事に終わり、晴れて運転免許証をゲット出来たオレは、雪夜さんと共に免許センターを後にするけれど。
「星くん、運転して」
「えっ!?」
雪夜さんの車が駐めてある駐車場まで向かっている途中で、雪夜さんはそう言うとオレに車の鍵を手渡してきて。驚き過ぎて立ち止まってしまったオレは、手渡された鍵を握り雪夜さんを見つめてしまう。
ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返し、そして何も言えずに首を傾げたオレを見て。雪夜さんは肩を震わせクスクス笑うと、オレの頭をくしゃりと撫でた。
「なんてな。ずっと緊張してたみてぇーだから、脅かしてやっただけ。運転は俺がすっから鍵だけ開けて、星くん」
「もぅ、意地悪しないでくださいっ!」
柔らかく微笑む雪夜さんに揶揄われたのだと気づいたオレは、止めていた歩みを進めていく。些細なこと、ほんの少しのやり取りで伝わる雪夜さんからの優しさはとても嬉しく思うのに。
こんな時、オレは素直にありがとうって言えない。でも、オレのそんなところも雪夜さんは包み込んでくれるから。だから何気ないこの瞬間にも、たくさんの愛情が詰まっているんだなってオレは感じるんだ。
触れ合うことができなくても、こういった公共の場でも。小さな想いを感じて、オレはそっと頬を染める。握った鍵でロックを解除して雪夜さんの車に乗り込むと、その想いはより一層強くなっていった。
今日は朝から免許センターに缶詰め状態で、やっと緊張感からも開放された今はもう夕方。運転する雪夜さんを眺めつつ、オレは雪夜さんと久しぶりに会えたことを今更実感して恥ずかしくなるけれど。
「星、ちょっと寄り道して帰っていい?」
穏やかな雪夜さんの声で尋ねられ、オレはコクコクと頷いた。どこへ行くんだろうと考えながらも、免許が取得できたことを母さんに連絡するため、とりあえずオレは運転する雪夜さんの隣でLINEを送ったりして。
走っていく車は、徐々に見慣れた景色へとオレを運び出す。でも、雪夜さんがまだどこへ行く気なのか分からないオレは、雪夜さんに問い掛ける。
「あの、雪夜さん……この辺って雪夜さんの地元、ですよね?寄り道って、どこへ行くんです?」
何度も来たことのあるランさんのお店に行くのかなってちょっと思ったけれど、雪夜さんはランさんのお店へ行く手前の道で違う方向に向かってしまう。
「何処だと思う?」
「あの、分からないから訊いてるんですけど……」
「お前が、免許取ったご褒美……に、なるかどうか分かんねぇーけど。連れていきたい場所があんだよ、だからもうちょい待っとけ」
「えっと、分かりました」
ちょっぴり意地悪な今日の雪夜さんは、謎の目的地に辿り着くまでオレに答えを教えてはくれなかった。
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