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第887話
何度か訪れたことがある、大きな池のある公園の前。まだ真新しそうなマンションの駐車場に車を駐めた雪夜さんは、何も分かっていないオレを見て小さく微笑んで。
「降りて、星くん」
雪夜さんからそう言われ、オレは意味が分からないままとりあえず車から降りて辺りを見回した。敷地の広い公園と、その近くには神社があって。ここに何の用事があるんだろうと、オレが色々考えてみても答えは見つからない。
そんなオレとは違い、しっかりとした目的があるらしい雪夜さんは車から降りたオレを手招きして呼び寄せる。
「星、こっち」
「あの、でもそっちは……」
「とりあえず、着いてこい」
誰が住んでいるのか、さっぱり分からないマンションへと向かっていく雪夜さん。立地的に思いつくのは、飛鳥さんか、ランさんか……その二人くらいしか、オレには思い当たる節がなくて。雪夜さんの背中を追うことになったオレは、考えることをやめた。
綺麗なエントランスを通り、雪夜さんの足は迷うことなくオートロック仕様のインターフォンの前で止まる。誰かに会いに来たのか、その誰かとは誰なのか……オレが疑問に思っていると、その答えはすぐに明らかになった。
人を呼び出すこともなく、雪夜さんは何食わぬ顔をしてキーケースから鍵を取り出して。このマンションの住人でない限り、開けることができないはずの扉を雪夜さんは開けてしまったんだ。
「え、ウソ……もしかして、もしかしてっ」
「そう、そのもしかしてだから。だから、免許取ったご褒美っつったんだよ」
ニヤリと笑った雪夜さんは、オレの頭を撫でるとエレベーターに乗り込んでいく。もちろんオレも雪夜さんと一緒にエレベーターに乗って、ドキドキと高鳴る鼓動を抑えることができずに期待に胸を膨らませる。
「ここ、新しい雪夜さんの住まいになるんですか?」
ようやく理解できた頭でオレがそう尋ねると、雪夜さんは上だけを見つめながら口を開く。
「俺のってか、俺と星くんの。本当なら、お前と一緒に選ぶべきことだったんだろうけど……俺が気に入った物件ならお前も絶対気に入るって、変な自信があったからさ」
「そうだったんですね。オレもなんとなくですけど、雪夜さんが選んだ場所ならオレも好きになると思います。なんて言うんでしょう……雪夜さんと一緒にいられるなら、場所はこだわらないです」
「お前は、本当にいい子だな。でも、俺は結構こだわった……まぁ、それも見りゃ分かると思うから」
雪夜さんが、オレへのご褒美として連れてきてくれた場所。それは、オレと雪夜さんが春から暮らすことになるマンションだった。
そして。
エレベーターは雪夜さんが指定した階で止まり、オレは雪夜さんとともに新しい扉を開けていく。
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