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第889話
まだ、家具もな何もない空間。
それなのにこんなにも心が満たされていくのは、雪夜さんがオレのことを思って選んでくれた場所だからだと思う。
理想のキッチンと、二人で暮らすには充分過ぎる部屋数。リビングの隣の広めの部屋を寝室にして、もう一つの部屋はきっと雪夜さんの仕事関連の物を置くようになるんだろうなって。
夢が膨らむこの部屋で、オレは高校卒業後に雪夜さんと暮らすことになるんだと思うと、涙が溢れそうになるけれど。
「星くん、気に入った?」
一通り家の中を探索し、リビングのど真ん中で佇んでいたオレは雪夜さんからそう声を掛けられて。
「……うん、とっても」
ありがとうございますとか、気に入ったところを詳しく説明したりとか。雪夜さんに伝えたいことは山ほどあるのに、オレは涙を堪えるのが精一杯で上手く感謝を表せない。でも、そんなオレを雪夜さんは優しく抱き締めてくれる。
「良かった……俺が勝手に決めちまったけど、星くんに嫌だって言われたらどうしようかと思ってた」
オレも気に入るって、ここに来る前の雪夜さんは自信に満ち溢れていたように思えたけれど。内心、不安もあったんじゃないかと気がついたオレは雪夜さんの腕の中で首を大きく横に振る。
「もうちょい早く連れてきてやれれば良かったんだけど、お前も俺も時間合わなかったから。せっかくなら、お前が頑張ったご褒美として見せてやりてぇーなと思って」
「こんなに嬉しいご褒美、贅沢過ぎます。あ、でも……オレ、この家に入って良かったんですか?」
オレはすっかり興奮していて、色んなことが頭から抜け落ちていたけれど。出来立てホヤホヤ感たっぷりなこのマンションに勝手に入って良かったのか今更になって心配になったオレは、泣くことなく雪夜さんに尋ねた。
「契約は二月の頭からで、払うもんも払ってあっからここはもう俺とお前の家になってんの。新築だけど、分譲じゃねぇーから毎月家賃の支払いはあるけどな。金の管理は俺がすっから、お前はなんも心配しないでいい」
「でも……それだと家のこととか、雪夜さんに任せっぱなしになっちゃう。オレ、ちゃんと雪夜さんの支えになりたいです」
喜ぶだけ喜んで、そうかと思えばこんなことを言い出してしまうオレは、雪夜さんからしたらとても面倒な人間なのかもしれないけれど。
「今はまだ、オレに収入がないので雪夜さんに任せっきりになっちゃいますけど。卒業して働き出したら、オレにも家賃の半分と生活費は出させてください」
オレを抱きしめてくれている雪夜さんの手から離れて、オレは雪夜さんにそう言って頭を下げる。助けてもらうばかりじゃ嫌だからって、そんな思いを込めたオレからのお願いに、雪夜さんからの返事はなくて。
その代わり、下げたオレの頭の上には雪夜さんの大きな手がふわりと触れていた。
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