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第890話

「お前の気持ちは嬉しいけど、生活面は俺が出す。その代わり、星くんが働いて稼いだ分はお前が感謝したい人のために使え」 「でもっ」 「でも、じゃねぇーの。毎月きっちり折半すんのは俺が面倒くせぇーし、貯蓄はあるに越したことはねぇーしな。お前の両親に旅行とかプレゼントしてやってもいいし、金の使い道なんてもんはいくらでもあんだろ?」 雪夜さんが、しっかりしてる人なのは知ってる。でも、それに甘えるだけじゃ嫌だって思っていたオレに、雪夜さんはとても温かくて優しい言葉を掛けてくれた。 両親への感謝の思いも含めて、これからオレが出来ることのためにオレは働いていくんだって。だからその分は、大切にしてほしいって……そんな思いが感じられる雪夜さんの気持ちに、オレはどれだけの感謝を伝えればいいのか分からない。 下げた頭を上げることができなくて、再び込み上げてくる感謝の思いはオレの睫毛を濡らしていく。 「ざっと計算したけど、俺の収入だけでも贅沢しなけりゃ充分暮らしてはいけるから。そんなに気負う必要はねぇーんだよ、星くん」 二人で暮らしていくって、言葉にするのは簡単だけれど現実はそう簡単にできるものではない。そう思っていたのは、きっとオレより雪夜さんの方が強く感じていたんだって。 本当はずっと前から、雪夜さんはオレとの未来を考えてくれていたんじゃないかって。だからこそ、今こうしてオレの前で大人の顔をして笑えるんだって。 何気なく過ごしていた日々も雪夜さんは本当に色々なことに目を向けて、オレとの生活を形にしようとしてくれていたんだと気づいたオレは、まだまだちっぽけな自分が恥ずかしくなる。 「住まいは一緒でも世帯主はちげぇーから、保険やらなんやらはランのとこから引かれると思うけど……アイツんとこって確か、社会保険だったはずだし」 「うん……自営でも組合に加入してるから、うちは国保じゃないわよってランさんが言ってました。オレまだそういうのよくわかんないけど、とりあえず生活できる分のお給金は出すから安心なさいって」 「じゃあ、俺がもしぶっ倒れたらそん時はランに世話になろっと」 「それはっ、それは色々ダメなことが多過ぎます!」 「冗談に決まってんだろ、本気にすんな。俺もお前も、好きなことして金もらうようになんだよ……誰かに頼ろうとかそんな軽い気持ちで、俺は今の職に就くわけじゃねぇーから」 夢を追う雪夜さんの姿に、その誠実な背中に勇気をもらって、オレはここまでがむしゃらに歩んできたけれど。雪夜さんが見ている景色と、オレが見ている景色はきっと違って。 永遠に埋まることのない大きな差を感じ、今まで浮かれていた心がしょんぼりし始めた時。雪夜さんはおもむろにベランダの窓を開けると、頭を下げて突っ立ったままのオレの手を引いた。

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