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第894話
「ランちゃん、お久しぶりー!」
「光ちゃん!優君もいらっしゃいっ!」
インテリアショップを出て、俺たち三人がその足で向かった先は予定通りランの店だ。
別れを決意していた光と優がその気持ちを変えてくれたことに嬉しさを隠しきれないらしいランは、店内に俺たち以外の客がいるのにも関わらず、やたらとテンションが高くてウザい。
「自分で自分の店の営業妨害してどーすんだ、バカか」
今日は前持ってランに連絡を入れずに来たこともあり、光と優の後ろから声を掛けた俺を見て、ランは笑顔を崩さないまま声を出す。
「あら、雪夜もいたのね。いいのよ、私がこんな人でも許してくれる心優しいお客様しかこの時間帯はいないから……ね、そうでしょう?」
カウンターでゆっくり酒を飲む中年男性にそう言って微笑むランに、その男は軽く頷いてみせて。俺たち以外の客とも上手くコミュニケーションを取るランは、それなりに出来た人間なのだと俺は苦笑いした。
独りで落ち着いて酒を楽しみたいであろう客の姿に俺は同情しつつ、目があった男とお互いに会釈して。俺と同様の対応を男性客に取った優の背中を、俺はかなり不憫に思った。
「この店に来るのは、星君を連れて来た時以来だから、光がうるさくなるのも無理はないが……光、もう少し声の大きさを考えた方がいい」
「ごめんなさいね、優君。貴方たち二人が来てくれたことが本当に嬉しくて、私もつい舞い上がっちゃったわ。とりあえず個室が空いてるから、私の手が空くまではそこでゆっくりしててくれるかしら?」
「ランちゃんが謝る必要ない、優に言われるとムカつくからほっといていいよ。また後で話そうね、ランちゃんっ!」
「バカ王子、俺らがいると迷惑だって遠回しに言われてることに気づけや。ラン、コイツら隔離しとくから、手が空いたら適当に酒とつまみ持ってこい」
比較的静かな店内に、騒がしい光をおいておくのは色々とマズい。そう判断したランは俺たち三人を個室へと案内し、カウンター席にいる男に軽く頭を下げていた。
客とランのやり取りを眺めつつ、こういった気配りの仕方もこの先星は覚えていくのだろうと。そんなことを俺は一人で考えながら、なんだかんだで距離感が近い友人二人の背中を見つめる。
「……雪夜、よく頑張ったわね」
俺が多くを語らずとも、俺たち三人がこうして店にいる事実で全てを感じ取ったランは、俺の肩に手をおき、そうひと言残して自分の仕事に向かった。
その一瞬、そのひと言。
それがランの感じていた心からの言葉だと受け取り、俺はさっきとは違う笑みを洩らして。
「ユキちゃん、いつまでそこで突っ立ってんの?俺が迷惑するから、早く中入ってよ」
ワガママ度合いが増した王子の相手をしなきゃならないことに溜め息を吐きつつ、此処にある幸せも尊いものなんだと感じた俺は、何も答えずにゆっくりと個室の扉を閉めていった。
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