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第895話

「このお店でせいが働くなんて信じらんないけど、せいの夢はこんなに近いところにあったんだなぁって思うと不思議だね」 「星君は年齢より幼いように見えるが、ある意味光よりも大人な部分があるように思う。星君の勤め先がこの店なら、雪夜も安心だろう」 「まぁ、変な飲食店に勤められるよりかはランに預けときゃ安心できっけど……よくよく考えれば、ここも充分変な店だからなぁ」 個室のソファーで足を組み、それぞれ好きなように食事を楽しんで。話題となっているのは、ここにはいない星くんの話だ。 「最後の試験がなければ、せいも一緒に来れたのに。調理師免許の国家試験が三年の最後に残ってるって、専門学科も楽じゃないのかも」 「学科試験落ちたら、卒業遅れるらしいしな……星くんなら大丈夫だと思うけど、今は追い込みで必死なんだよ。俺はアイツの邪魔したくねぇーし、お前もそっとしといてやって」 「いくら俺でも、勉強の邪魔はしないよ。そうじゃなかったら、無理矢理にでも今日ここに連れてきてるし」 高校最後の試験、それに向けて頑張っている星くんは、試験が終わるまで俺とは会わないと宣言していたから。星を可愛がれない今の俺は、コイツらと飲むくらいしか楽しみがないのかと無駄に凹んだ。 「今日でなくても次がある、その未来を作ってくれたのは他ならぬ星君だ。俺も光も、星君には本当に感謝している」 「ユキに出逢って、せいは本当に強くなった。俺にとって、せいは自慢の弟だよ」 しみじみと語り、キレイな笑顔を見せる光。この笑顔を守り抜くために、星がどれほどの涙を流したのか……それを伝えても許されるのは、おそらく今しかないだろう。 「お前らさ、それは本人に言ってやれ。お前ら二人の幸せ願って、アイツがどんだけ泣いたと思ってんだよ。そのうち干枯らびるんじゃねぇーかと思うくらい、星くんはお前らのこと思って涙してたんだから」 自分のことよりも人の幸せを願える星くんは、俺がプレゼントしたメダイユに光と優の幸せを願ったそうだ。その事実を俺が知ったのは、全てが丸く収まった日、星くんの部屋でのんびりと過ごしていた時のことだった。 辛くても、苦しくても泣くし、嬉しくても、幸せでも、泣いてしまう星くん。アイツが流した涙の数だけ、この二人に幸せが注がれたのだろうと……純粋な星くんの思いなら、神も聞き入れてくれんだなって。 あの日のことを思い出し、ぼんやりと俺がそんなことを思っていると。 「せいが泣いても、ユキがどうにかしてくれるでしょ?せいの涙を拭ってやれるのは、今までもこれからもユキだけなの」 「雪夜、星君への感謝はお前への感謝に繋がる。これ以上の説明が必要になるほど、お前の頭はバカじゃないはずだが?」 遠回しの感謝、それが変わることはなくても。 友人二人からの思いを素直に受け取った俺は、小さく笑みを零し、そしてすぐに煙草を咥えた。

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