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第902話

これが雪夜さんとする最後なわけじゃないのに、ちょっとだけ胸が苦しくなるのはどうしてだろう。 この条件じゃなきゃ、できない行為じゃないのに。この部屋で、このソファーで……雪夜さんと一緒に過ごした思い出が、オレの頭の中を埋め尽くしていく。 それは、本当にたくさんあって。 今までのことを考えながら交わしていく口付けは、甘く、儚く、切ないものだから。 「星、好き」 「ッ、ん…ゆきっ」 ゆっくり、ゆっくり。 でも、確実に溶けていく蝋燭のような淡いキスのあいだ、オレが雪夜さんの名を何度呼ぼうとしても、それは最後まで言わせてもらえない。 その代わりに、オレから漏れていく吐息や小さな鳴き声が、雪夜さんの口角を上げていくんだ。 だって、お互いの唇が触れるか触れないかの距離で、オレの反応を楽しんでいるらしい雪夜さんは、クスっと笑っているんだもん。 「お前さ、初っ端から可愛過ぎんだけど」 緩んだ口元を隠すことなく、そう言った雪夜さんはオレの唇を親指で撫でていく。雪夜さんにとって、オレとのキスは大して刺激的なものではないんだろうと思うし、オレは雪夜さんみたいに上手なキスはできないけれど。 オレがちゃんと息ができるように加減してくれる雪夜さんの優しさは嬉しいし、重なっていた唇だけじゃなくて、雪夜さんの空いている片手がオレの髪に触れていることも嬉しい。 でも、だからこそ。 オレは雪夜さんの名前を呼びたくて、好きだよって伝えたくて。上手く言えないことは分かっているのに、オレはそんな小さなことにでも必死になってしまうから。 「やっ、ぁ…だって」 雪夜さんの首に回していた両手に力を込めたオレは、そう呟くのが精一杯で。それでも、最低限の意思表示をしたつもりでいたオレを見て、雪夜さんはやっぱり笑うんだ。 「だって、じゃねぇーの。体力持たねぇーなら、俺を煽るようなことしなきゃいいだろ?キスしてる時、お前まともに喋れねぇーじゃん」 「それはっ、そうですけど……オレだって、雪夜さんに好きって言いたいんです。だから、その……煽るとか、オレにはよくわかんなっ、ぁ…んっ!」 とっても正直に、オレは思っていることを雪夜さんに告げたのに。それを遮る今日の雪夜さんはきっと、いつもより意地悪だと思う。でも、笑顔が崩れない雪夜さんの表情はなぜだかとても嬉しそうで。 「俺が悪かったな。お前は一生、分かんねぇーままでいい……けど、ちゃんと俺だけ見とけよ?」 オレの髪に触れている雪夜さんの手は、柔らかくオレを包み込む。コツンと重ね合わせた額と額がくっついて、そこから伝わる思いにオレたちは笑みを零していく。 「……雪夜さん、大好きです」 何度伝えても、足りないから。 お互いが満たされるまで、何度だって言いたいんだ。好きだよって……ただそれだけで、こんなにも幸せな時が訪れることを、オレと雪夜さんは知っているから。

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