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第910話
「はよ、星くん」
「……はよぉ、ほらいまふぅ」
「ん、まだ寝みぃーのな」
ブランケットから小さく顔を覗かせ、呂律の回っていない舌を使い朝の挨拶をする星くん。寝癖のついた髪に触れ、俺がよしよしと撫でてやれば。一度は開いた瞼が閉じていき、ふわりと微笑む天使が現れる。
その笑顔に誘われて、隠れた唇にキスをして。
俺たちは今日も、穏やかな幸せに包まれた朝を迎えていたけれど。
「雪夜しゃ……ごはん、ない」
引っ越しの準備が整ってしまったこの家には、食料品がほとんどない。そのため、朝食が作れないことを気にしているらしい星はそう呟いて眉を寄せた。
「作ったやつじゃねぇーけど、朝メシならお前が寝てる間に買ってきたから大丈夫。BLTサンドかホットドッグ、どっちがいい?」
星より遅く寝て、星より早く起きた俺は家から近いコーヒーショップでモーニングセットをテイクアウトし、帰宅してから星を起こしたから。お前が心配するようなことは何もないと俺が伝えてやると、仔猫の頬がふにゃりと緩んでいく。
「んーっと、BLTサンドがいいです。あ、でもホットドッグもひとくちほしい……いいですか?」
「食えるなら好きに食っていいけど、まだ眠いならメシはもうちょい後からでもいいぜ?」
「このまま寝てたらあっという間にお昼になって、夕方になっちゃうから、今のうちに起きちゃいます。なので、えっと……ん、えへへ」
抱っこしてと言わんばかりに伸ばされた手を取り、ブランケットに包まる星を抱えた俺は、ソファーに星くんを座らせてやる。
「身体、辛い?」
「ううん、そうでもないんですけど……なんか今日のオレは、すごく雪夜さんに甘えたいみたいなんです」
天然記念物の言うことは、相変わらずよく分からないが。ダンボールに詰めることの出来なかったテーブル、その上に置かれた朝食を前にし、ルンルンとご機嫌な様子の仔猫に俺はカフェオレを手渡してやった。
「ありがとうございます。でも、さすが雪夜さんですよね、オレの好きなもの全部知ってるんだもん。最初から、カフェオレとBLTのセットがオレのだったんじゃないですか?」
「まぁ、その通りだけど。その日の気分もあるからな、俺はコーヒーさえ飲めりゃ何でもいいし」
「雪夜さんのそういうところ、オレ大好きです。甘やかしてくれるというか、とっても優しいというか、気遣いの仕方が大人というか……あ、このカフェオレ美味しいですよ?」
俺の話はどこいったよ、星くん。
確かに、星が好む味になるようカフェオレのオーダーは端から砂糖とミルク多めにしといたけれど。
「俺が淹れんのとソレ、どっちのが美味い?」
店のカフェオレの味に、俺の話を持っていかれたことがなんとなく気に食わなくて。そう尋ねた俺に、星くんは頬を染めて呟いていく。
「オレの中では、いつでも雪夜さんが一番です」
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