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第913話
【星side】
ふんわりと優しい春の兆しに誘われて、目覚めた今日は高校生活最後の日。
それでも。
いつも通り身支度を済ませ、美味しい朝食に幸せを感じて。着慣れた制服に袖を通して鏡を覗いたオレは、この制服を初めて着た時のことを思い出していた。
少しだけ伸びた身長も、ちょっぴり小さく感じる制服も。3年前と比べると、オレが大人に近づいたことを教えてくれる。
きっと、暖かい春の風を感じる時は、あともう少しでやってくるから。本当に、オレは高校を卒業しちゃうんだなぁって……今日が学生生活の締め括りになってしまうことを寂しく思いながら、オレは慣れた手つきでネクタイをしめていく。
「せいー、制服着れたぁー?」
コンコンと軽いノックの後、まるで始まりの日のデジャブのように部屋のドアから顔を出したのは兄ちゃんだった。
もう崩れることのない完璧な王子様スマイルでオレを見た兄ちゃんは、ゆっくりと閉じられた部屋の扉に凭れて呟いて。
「……卒業かぁ、せいのこの姿も今日で見納めだね。自分の魅力、この3年間で少しは分かったかな?」
微笑んだ兄ちゃんからは、甘くて爽やかな香水の匂いがした。それは、オレが新たな一歩を踏み出した時と同じ香りで。その香りに、今日のオレが包まれることはないけれど。
この香りが、兄ちゃんらしくて一番好きだと思えるのは、きっとこの3年間でオレが成長した証拠なんだと思う。
「自分の魅力って、オレにはやっぱり分かんないけど……でも、オレの魅力は雪夜さんがたくさん知ってるからいいんだって、そう思えるようになったんだ」
「色々あったもんね。せいの成長を一番感じたのは、せいが高校生になってからだと思う。本当に大きくなったね、せい」
オレを抱き締めることのない兄ちゃんの手は、優さんと繋がなるためのもの。それを知っている今のオレは、無理して兄としての顔をしなくなった兄ちゃんのことが好きだなって思って。
「……オレね、ずっと兄ちゃんのことが好きだった。いつでも王子様な兄ちゃんにずっとずっと憧れてて、兄ちゃんみたいになりたくて、兄ちゃんの傍にいれる日々が大好きだった」
キラキラしてる兄ちゃんの笑顔が好きで、憧れを勘違いしていたオレはもういないけれど。過ぎた日々を思い返せば、オレと兄ちゃんが手にしてきた絆の強さを感じるから。
「これからも兄ちゃんのこと、好きでいてもいいかな?」
恋人としての好きじゃないし、オレも兄ちゃんも心から愛している人がいる。でも、だからこそ……兄ちゃんに想いを告げるなら今なんじゃないかと思ったオレは、真っ直ぐに兄ちゃんを見つめてそう言ったんだ。
オレの好きな人は、いつでも優しいオレの兄ちゃん……だから、ね。
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