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第915話
「はよー、セイ!」
「ごめんっ、兄ちゃんと話してたらいつの間にか時間過ぎちゃってて……あ、おはよう弘樹」
ドタバタと騒がしく家を出て、迎えに来てくれてた弘樹に挨拶をしたオレは、卒業式の日に遅刻するのだけは避けたくて早足で歩いていく。
「ん、王子は式に来ねぇの?あの兄ちゃんなら、卒業式見にきても、なんにも不思議じゃないと思うけど」
「うーん、確かに不思議じゃない気がするけど、兄ちゃんは家でオレを送り出してくれたよ。大事な日に遅刻しないようにねって、焦ってるオレを見て一人でケラケラ笑ってた」
容姿はとっても綺麗だけれど、その兄ちゃんの性格は良いとは言えない。王子様の仮面の下、人をからかって遊ぶのが好きな兄ちゃんの性格の悪さは、オレにはないものだ。
「王子らしいな、引き際をわきまえてる感じする。なーんかさ、やっぱりまだ俺らって子供だよなぁ……今日卒業するなんて、まだ実感わかねぇや」
「本当にね。でも弘樹にお迎え来てもらうのは今日で最後なんだって思うと、ちょっぴり寂しいかも」
兄ちゃんは家族だから、弘樹とは違う。
幼馴染みとのこうした朝のやり取りも、やっぱり縮まらなかった身長差も、そして歩幅も。オレが弘樹と同じ道を歩くのは、高校生までだから。
明日からは、お互いに違う道を歩まなければならないことを感じて、オレは素直に寂しいなって思ったんだ。だって、幼稚園も、小学校も、中学校も、高校も……オレの隣には、いつだって弘樹の存在があって。
バカだけれど、正直で真っ直ぐな弘樹の姿に支えられてきたことをオレは今になって実感する。
「俺も、ホントはすっげぇ寂しい……けどさ、セイのおかげで俺は自分の道を決めることが出来たから。あの人に追いつけるように、俺は努力しなきゃって決意を新たに気を引き締めようと思う」
「引き締めるつもりがあるなら、卒業式の最中は絶対に寝ないように。あと二人、弘樹と同じように居眠りしそうな人達がいるからオレは心配」
「あー、マコケンか。アイツら、卒業できるの奇跡だろ。校則破りのイケメン二人組だって、俺らのクラスでもすげぇ人気のコンビだぜ?」
「誠君も健史君も、横島先生のおかげでどうにか卒業できるんだけど……最後まで、なんかやらかしそうで心配なの」
「俺は、両隣りの席のヤツらに起こしてもらう約束してるからいいけどな。起立、礼、着席、さえ出来れば、卒業式なんて乗り越えられるから、アイツらも余裕だろ」
弘樹のなんとも安易な考えに、オレから笑みが洩れて。歩くペースが変わらないオレ達は、急ぎ足で学校へと向かう。
そのあいだもオレと弘樹のお喋りは続いたけれど、互いに感じた寂しい想いをこれ以上口に出すことはしなかった。
本当に最後なんだと、そう感じるのには充分過ぎる幼馴染みとの大切な時間。登校するのが、こんなにも大事なことだったなんて……人は、その時間が失ってから気づいていくものなのかもしれない。
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