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第916話
体育館に響く拍手の音を聴きながら、卒業生は列を作りその場を後にする。卒業証書を持つオレの胸につけた小さな花が揺れ、いつもよりも体育館から教室までの距離が長く感じた。
遅刻することなく、何事もなく終了した卒業式。感極まって涙する生徒や保護者もいたけれど、式が終わり戻ってきた教室内は、ガヤガヤと賑やかで。式のあいだに大人しくしていたことが嘘のような生徒を見て、オレたちの担任は大きな溜め息を吐いた。
そして。
バンっと大きな音を立てて、教卓の上に故意的に落とされた黒い塊。出席簿を乱暴に扱った横島先生の姿にクラス全員の視線が注がれ、静まり返った教室には横島先生の声だけが響いていく。
「……お前ら、本当に卒業する気あるのか?」
式が終わったからといって、オレたちが受ける授業が終わったわけではない。それをこの一瞬で充分に感じさせた横島先生は、教室の後ろで佇む保護者に謝辞の意を込め一礼した。
そんな横島先生の姿を見て、気が引き締まる思いを感じたのはオレだけじゃなくて。先生に言われずとも日直が掛けた号令に反応し、クラスの全員が最後の授業を受けるための心構えをして着席する。
すると、横島先生はさっきと打って変わって柔らかな笑顔を見せたんだ。
「卒業おめでとう。お前達が手にした証書は高校生活を終えたことを証明する物と、調理師としての免許証との二種類がある。この二つを手にするまで、お前達はこの学校で多くのことを学んできたと思う……この学校を卒業して社会に出るヤツ、または進学するヤツと、明日からはそれぞれ違う日常が幕を開けることになる。お前らがこうして一つの教室に集まるのも、今日が最後になったわけだ」
一つ一つ、確実に言葉を紡ぐ横島先生。
怒らせると怖くて、でも生徒のことをしっかり考え、飴と鞭を使い分ける横島先生は、クラスの皆んなに信頼されている先生だから。
「色々と言いたいことは山ほどあるが、俺からお前らに伝えることは一つだ……いいか、良く聞け」
しっかりと、一人一人が横島先生の声に耳を傾け、オレたちはそうして先生からの言葉を待つ。
「人は、独りでは生きていけない生き物だ。必ず、どんな時でも、お前らの周りには人がいる。それは不特定多数かもしれない、誰かと呼べるような人ではないかもしれない。だがな、俺たちは日々、誰かに助けられ、誰かを助けている。それが恋人の時もあれば、家族や友人の時もある。好きな相手じゃない時や、嫌いだけれども手を差し伸べられること、反対に差し出すこともある」
それは、学校生活でも社会に出ても変わることのないものだと……横島先生はそう言ったあと、ひと呼吸おいて口を開いた。
「常に感謝の心を忘れず、人に愛される人間になれ。俺からは以上だから、最後に出席取って終わりにする。今、お前ら全員が此処にいることを誇りに思えよ」
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