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第917話

横島先生に名前を呼ばれて、自分は此処にいるんだと強く実感し返事をする。 当たり前だった点呼、時々面倒になったり、気分的に返事をしたくなかったり……そんな時もあったけれど、横島先生の生徒としてクラス全員の返事が終わる頃。教室内には啜り泣く声が増え、日直の号令が掛かった。 椅子を引き、立ち上がって。 皆んなが起立し、姿勢を正す。 そして。 『ありがとうございましたッ!!』 クラスメイトのそれぞれが、学校生活で一番心を込めて言った感謝の言葉。一際大きく聞こえたその言葉を噛み締め、クラスの中で最後まで顔を上げなかったのは誠君と健史君の二人だった。 遅刻常習犯、先生から見れば問題児二人組。 でも、そんな二人を見捨てることなく横島先生はクラス全員でこの日を迎えられるように努めてくれたから。その思いを強く感じている誠君と健史君は、涙で濡れた制服の袖をそっと隠して屋上に向かう。 卒業式が終わって、最後の授業も終わって……あと一つ、この学校でやり残したことを果たすために、オレも二人の背中を追いかていく。 麗らかな陽射しに照らされた屋上は、普段と変わりない街の風景を穏やかに見守り、飾り付けられていた体育館とは大きな差があるけれど。 約1年前、この場所で交わした二人との約束が、きっと最高の花道になる気がしているから。 「誠君、健史君っ!」 ふわっと頬を撫でていく風がオレの髪を揺らし、少しだけ丸まっている二人の背中にオレは声を掛けた。 「……青月、あと1分待ってて」 「ごめんな、チビちゃん」 二人の震えた声と、オレに背を向けたまま組まれた肩。誠君の片手が健史君の髪に触れて、その手を払う健史君の手にはひらりと舞うネクタイが握られている。 永遠を誓えないオレたちは、嫌でもこうして旅立ちの日を迎えなきゃならない。けれど、健史君の隠された本音は、誠君に届いているんだとオレは思ったんだ。 だって、時間が過ぎて振り返った誠君の首には、ネクタイが結ばれていなかったから。健史君の手にあるソレが誠君の物だって、そう思ったオレは目が赤い健史君を見てにっこり微笑んで。 「良かったね、健史君。健史君が望む未来はきっと、その手の中にあると思う……ね、誠君もそう思うでしょ?」 「場所は変わるし、老いるけどな。でも、ケンケンとは永遠にバカやって笑っていたいから。此処を卒業しても、その気持ちからは一生卒業したくねぇんだよ」 「マコ、何カッコつけて語ってんだ。式の最中ずっと寝てたヤツにそんなこと言われても全く説得力ねぇから」 「ケンケンだって、寝てたじゃんか。俺らの席の間にニッシーがいて良かったよなぁ、タイミング見計らって起こしてくれって頼んどいて正解だった」 「アイツ、ちっさいクセにすげぇ力でぶん殴ってきたけどな……あんな叩かれ方したら、誰だって起きるだろ」

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