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第921話

仕方なく、本当に仕方なく兄貴の言うことに従い飛鳥の車に乗り込んだ俺は、手渡された星のスマホを握り締めた。 「お前の誕生日を直接祝ってやんのって、何年ぶりなんだろうな……やーちゃんは覚えてねぇだろうけど、お前は小さい時俺のこと大好きだったんだぜ?」 「んなもん今はどうでもいいから早く星を返しやがれ、よりによってこんな日に……なんで兄貴がアイツを拉致る必要があんだよ」 星とこのクズ野郎が連絡先を交換していることは、俺が海外研修に参加していた時に星から聞いているけれど。何故、今日という日に限ってこんなことになっているのか、俺には分からなくて。 つのる苛立ちを堪えることが出来ずに煙草を咥える俺と、そんな俺とは正反対で呑気に運転する飛鳥は、この時を楽しんでいるように思えてならない。 飛鳥に振り回されて過ぎる誕生日は幾度となくあったけれど、まさかこの歳になっても兄貴に連れ回されるなんて思っていなかった俺は、読みが甘かったんだろうか。 「……お前の子猫ちゃんだって、いつまでも子供なわけじゃねぇだろ。あんまり過保護に育て過ぎると、いつかお前の手から逃げ出すぞ」 「護られるだけじゃ嫌、か……」 甘えるだけじゃ嫌、護られるだけじゃ嫌。 もっともっと、自分を頼ってほしいと……星が俺にそう感じていることは、俺も分かっている。でも、つい心配して過保護になってしまう。 信頼してるし、アイツには支えられている。 けれど、その気持ちがあるだけでは伴に歩んでいこうとする俺たちが後々支障をきたすと。もっと星を信じてやれって、遠回しに俺に告げてきた飛鳥。 「何のために、お前らは半年間を耐え抜いた?漠然とした幸せに、ぬるま湯に浸かってんのも悪くねぇとは思うけど。子猫ちゃん、たまにはスリルを感じてぇのかもよ?」 飛鳥からの忠告は、俺だって分かっている。 これから、広い世界に飛び出していくことになる仔猫が、俺の元に帰ってこない日だって来るかもしれない。そんな時のために、二人の永遠を誓えるよう、星には渡してやりたい物があるのに。 「じゃあ、星が自分から兄貴に拉致られに来たってコトか……ってかさ、此処に来るなら車出さなくても歩いて来れる距離じゃねぇーかよ」 新居からわざわざ迂回して、辿り着いたのはランの店で。デートという名のドライブ、そして少しの助言を飛鳥から受けた俺は、そう言って煙草の火を消していく。 「……信じてやれ。星くんと、お前自身を」 「兄貴……」 「ほら、行くぞ。やーちゃんをここまでエスコートすんのが、今日の俺の仕事だからな」 車から降りて、店の扉の前に立つ飛鳥は面倒くさそうに前髪を掻き上げたけれど。 「happy Birthday 雪夜」 俺の耳元で小さくそう呟いた飛鳥は、無駄に色気を放ちつつ、ゆっくりと閉ざされた世界への扉を開けていった。

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