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第925話
最悪だと思っていた誕生日は、最高の形で幕を閉じたかのように思えたのだが。俺と星が愛を誓い合った後は、ここぞとばかりに羽を伸ばすランと、仕事をサボる飛鳥と、そして悪魔の光と優が酒豪対決を繰り広げている。
「アホみたいに強ぇーな、お前ら。いつまで飲む気でいんだよ、テキーラは水じゃねぇーんだぞ」
ビールから始まり、ウォッカでショットガンをして遊んだ次に、テキーラをメキシコスタイルで楽しんでいる三人の表情は崩れることがないけれど。
「そういうユキちゃんだって、充分強いでしょ。このまま勝負してても、これじゃただの飲み会だけどね」
どんな心変わりなのか、優に禁酒命令をださずに早々と戦線離脱して。ひとりのんびりとカクテルを飲む光は、他の三人とは違った酒の飲み方をしている。
「オレはシェイカー振る雪夜さんがもっと見たいから、だからまだ兄ちゃんには時間の許す限りお酒を飲んでてほしいんだけど……あ、雪夜さん、灰皿変えますね」
さっきまでの主役は、どこへやら。
タキシードから無難な白シャツへと着替えを済ませた俺と星が今いるのは、カウンターを挟んで酒と肴を提供する側で。俺は何故かランの代わりとなり、こんな時でも嬉しそうに仕事をする星の隣で煙草を咥えようとしていた。
「やーちゃん、ライム切って」
「ついでに、塩も頼む。光から飲酒の許しが出ることなんてそうそうないからな、美味い酒を今のうちに飲めるだけ飲んでおきたいんだ」
「ルルちゃんだっけ?メガネのキミさ、さっきから目が笑ってねぇけど、キミってかなりのドSだろ。俺とは違ったヤバいオーラ出てる、さすがやーちゃんのダチって感じ」
「言っとくけど、俺はノーマルだからな……ん、ライムと塩、それとチェイサー」
飛鳥の観察眼に捕まった優は、兄貴がいうように酒を飲み始めてからの態度が少しずつ変化している。けれど、飛鳥からしてみれば自分と違うタイプの異なるドSと酒が飲めることが面白いらしく、飛鳥と優はなんだかんだ仲良さそうに話していて。
「ユキちゃん、ギムレットちょうだい」
「お前はなんで、さっきから俺がシェイクさせなきゃいけない注文をよこして気やがんだよ」
「んー、なんでだろう……なんてね。遠い人を想う、長年胸に閉まってあった相手への弔いってところかな」
「……なるほどな。お前が早々に、戦線離脱した理由はソレか」
ギムレットのカクテル言葉に想いを乗せ、最後の懺悔をする男に合うように、俺はシェイカーを手に取った。
ギムレットの比率は、ジンとライムを3対1。メジャーカップの小さい方でジンを2杯、ライムジュースを半分と少し注いで加えるけれど。光の好みで作るなら、使用するジンはサファイアで決まりだ。
ジンとライムジュースを基本の割合でシェーカーに注ぎ、氷を8分目くらいまで入れて蓋をする。シェーカーを水平にして、前後に数回シェイクし、完成だけれども。
「このまま雪夜と星ちゃんに店を任せて、私はフェードアウトしようかしら……なーんてねぇ、雪夜、あと二回シェイクが足りないわよ」
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