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第926話

自分の仕事を放棄して酒を飲むランだが、その眼はちっとも笑っていない。これはただの遊びじゃないんだと、シェイカー内の氷の音をよく聞けって。ランはそう言って、俺が光から頼まれて作ったカクテルにダメ出しをしたけれど。 「ランちゃんの見様見真似で、ここまでシェイカー振れるだけでも大したもんだろ。ランちゃんが、やーちゃんを何処まで育てたいのかは知らねぇけどな」 優と二人、緊縛の話で盛り上がっていたはずの飛鳥が横から口を挟み、此処にいる人間全員が侮れないヤツらだったことを俺は実感して。 「雪夜なら、この店の宿り木に優しさをプラス出来ると思うのよ……私が叶えられなかった夢を、雪夜には星ちゃんと二人で手にして欲しいと思っているの」 「ランさん、それはまだ先の話なんじゃ……」 急に真剣に話し出したランと、それに反応にして声を出した星くん。空気を読んで何も言わない光と優は、俺をチラ見して軽く微笑むだけだった。 「星ちゃんの言う通り、まだ先の話になるけれど。でも、私は本気よ。何のために、私が貴方たち二人をそちら側に立たせていると思っているのかしら?」 静まり返った店内に響いていくランの声は、俺と星にしっかりと届いて。ランの言葉を受け取り、少しだけ不安そうな表情を見せた星の頭を撫でた俺は、ランと星くんの約束の全てを悟ったから。 「……何十年後の未来がコレってことか。まぁ、第二の人生としてお前の夢を叶えてやんのも悪くねぇーかもしんねぇーな」 まだ先の話、まだまだ先の話だけれど。 こんな未来も悪くないと思えるのは、カウンターを挟んで見るこの店の風景が、星の瞳に映るものと同じだからなんだろう。 夢を諦めて、星と出逢うまでの俺は抜け殻のようだったのに。こんな俺をずっと支えてくれたランへの感謝はきっと、俺と星が二人並んでこの店に立つことで初めて告げられるような気がして。 「俺がボールにフラれたら、そん時はよろしく頼むぜ、ラン」 いつか、俺がコーチとしての役目を果たせた時。俺は、今日と同じ景色を星と二人で眺めてみたい。そんな想いを込めて俺が呟いたひと言を聞き、此処にいる全員が笑顔になっていく。 「その前に、雪夜が星君にフラれたら意味ないけどな。でも、年老いても此処に集まることが出来るのはとても魅力的だと思う」 「じゃあ、ユキちゃんはおじいちゃんになったらバーテンダーになるんだね。その頃には俺と優もおじいちゃんだけどさ、老いるのがちょっとだけ楽しみになったかも」 「お前らがジジィだったら、俺とランちゃんはどうなんだよ。俺はともかく、ランちゃんは灰になってる頃じゃねぇの?」 「失礼しちゃうわねっ!?人を勝手に殺すんじゃないわよっ!!」 「んー、でもランさんは不老不死っぽいんで、大丈夫じゃないですか?」 「星くん、それはもうただのバケモノじゃねぇーか」 笑い合って過ぎていくこの時が、どうか遠い未来でも形となるように。全員がそう願いつつ、それぞれが今という時に感謝した瞬間だった。

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