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第931話
「長谷部の兄貴かぁ……結構しっかりしてる印象はあったし、お前と同じ制服着てたから世間ってせめぇーなって思ったけど。まさか、こんなにも狭いとはな」
「それ、オレも同じことを卒業式の日に健史君と誠君と話してましたよ。誠君の憧れの人は、どうやら飛鳥さんみたいです」
オレを抱き締めたまま、色々と考えごとをしているらしい雪夜さんの表情はあまり穏やかそうじゃないけれど。
「兄貴に憧れるってやべぇーだろ、あんなクズ野郎は飛鳥一人で充分だ」
「でも、さり気ない優しさとか、漂わせてる雰囲気とかは雪夜さんと飛鳥さんって似てると思います。もちろん、悪い意味でじゃなくて良い意味で……それでもオレは雪夜さんが好きなので、飛鳥さんに憧れる誠君の気持ちはよく分からないですけど」
「星くん、ちゃっかりフォローしてくれてありがとさん。まぁ、俺はお前に好きでいてもらえるならなんでもいいわ。大切に思える友達がいんのは良いことだと思うし、俺も光と優に出会ったのは高校ん時だしな」
今でも兄ちゃんと優さんと仲が良い雪夜さんは、そう言ってオレの頭をよしよしって撫でてくれる。それがとても心地よくて、オレは目を細めて微笑んだ。
「……咲いた思い出が消えないようにすんのって、簡単そうで意外と難しいから。もらったボタン、大事にしろよ」
「うん、宝物にします。あ、でも……雪夜さんが高校を卒業した時って、どんな感じだったんですか?兄ちゃんは、学ランのボタンが全部ついたままで帰ってきてた記憶があるんですけど」
オレが中学生だった時、兄ちゃんが通っていた高校の制服は学ランだったから。当時の兄ちゃんの姿を思い出したオレは、雪夜さんたちの卒業風景が少しだけ気になって。オレは軽い気持ちで問い質しただけだったのに、雪夜さんは思い出したくもないといった顔をした。
それが余計にオレの好奇心を煽るから、オレは雪夜さんが話出すまで、雪夜さんの顔をじーっと見つめて。
「……光は、ボタン争奪戦してる女たちに、弟がこの学ランお古で着る予定があるからって嘘ついて難を逃れたんだよ。でも俺はその逆で、身包み剥がす勢いで女どもに囲まれたから制服脱ぎ捨ててさっさとランの店に逃げたんだ。だから今、俺の学ランがどうなってるかは分かんねぇーの」
「壮絶な卒業式だったんですね……というか、やっぱり雪夜さんは当時からモテモテだったんだ。沢山の女の子に囲まれて、気が向いたら相手してあげてたんですよね?」
「まぁ、なんも間違っちゃいねぇーけど。でも、今は星くんだけだから」
昔の雪夜さんは、飛鳥さんとそう変わりないじゃんって……そんなふうに思ってしまうけれど、オレはそのことを口には出さずに雪夜さんの指を噛む。
「こーら、自分から訊いといて拗ねんじゃねぇーよ」
「……だって、やっぱり嫉妬しちゃうもん」
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