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第932話
今の雪夜さんがオレだけを見てくれることも、オレだけを愛してくれることも痛いくらい分かっているのに。変えられない過去に嫉妬してしまうほど、オレは雪夜さんが大好きで。
「ったく、お前は俺を殺す気か。星くんの部屋でナニ出来るほど、俺はもう若くねぇーんだぞ。若気の至りが許されんのは二十歳前までだからな、生殺しにも程がある」
「いや、えっと……あ、はい」
オレの唇に、チュッと軽いキスを落とした雪夜さん。そんな雪夜さんから言われた言葉の意味が分からなかったオレだけれど、雪夜さんの身体の変化に気がついたオレは、何も言わずに大人しく瞼を閉じていく。
待てができないように思える雪夜さんだけれど、意外にもこの人は時と場合と場所をしっかりとわきまえているから。下の部屋には両親がいて、隣の部屋には兄ちゃんもいるこの環境でオレの優秀な恋人はしっかりステイしてくれる。
それはきっと、雪夜さんがオレのことをとっても大事に思ってくれている証拠で。ひとつになれないことはちょっぴり寂しく感じてしまうけれど、それでも同じベッドで眠れることは嬉しく思うんだ。
「本当に、星だけだから。可愛いと思うのも、触れたいと思うのも……お前と出逢ったあの日から、俺が求めてんのはいつだってお前だけなんだよ」
オレが感じる小さな嫉妬も、こんなふうに柔らかく消してくれる雪夜さんが愛おしい。温かな腕の中、雪夜さんの温もりに包まれて眠りにつける喜び。
家族よりも何よりも、オレは雪夜さんとの未来を選んで。そうして、明日この家を出ることになるんだと思うと、色んな想いが溢れてきてしまう。
寂しくないと言えば、それは嘘になるんだろう。家族から離れて生活することなんて、今までの人生ではなかったことだから。修学旅行とか、学校行事で家を離れることとは比べ物にならない新生活がこの先のオレを待っている。
「雪夜さん、オレ……雪夜さんが大好き。この部屋で初めて雪夜さんに会ったときは、こんな未来が待ってるなんて思っても見なかったけど」
気がつけば、オレが閉じた瞼の中は涙でいっぱいになっていた。
「愛してる、星くん」
期待と不安は、きっといつまで経っても消えないんだろうけれど。でも、雪夜さんが傍にいてくれるから、その未来だけを信じて……オレは自ら、新たな一歩を踏み出さなきゃいけないんだ。
静まり返った部屋の中で、啜り泣くオレの背中を撫でてくれる雪夜さんは、オレが泣いてる理由を分かっているのか、優しく優しく触れてくれる。
その手がオレに触れていることで、オレは独りじゃないことを感じて。雪夜さんとの会話はないけれど、思いが通じ合っているように思えたオレは、いつの間にか泣き止んで、そしていつの間にか眠りに就いていたんだ。
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