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第934話

【雪夜side】 「おはよう。星、雪夜君、二人ともよく眠れたかしら?」 星くんの家に泊まって、二人で部屋から桜を眺めた後、リビングへと向かった俺と星に声を掛けてくれたのは星の母親だった。 「おはよう、母さん。オレも雪夜さんも、ぐっすり眠ったから大丈夫だよ。それより、何か手伝うことある?」 キッチンに立って朝食の支度をしている母親にそう訊いた星は、冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターを取り出して食器棚から二つのコップを用意するとソレに注いでいく。 室内に漂う柔らかい味噌の香りに食欲をそそわれていく俺は、青月家の穏やかな雰囲気に慣れつつあるけれど。部屋にはまだ母親の姿しかなく、休日の今日はのんびりとした朝の風景が広がっていた。 「よく眠れたなら良かったわ。朝食はもう出来上がるから、星は父さんと光を起こして来てくれる?」 「分かった、じゃあオレちょっと二階に行ってくる。雪夜さんはここで待っててくださいね、お水注いであるのでどうぞ」 ダイニングテーブルに座るよう星くんに促され、俺は星の母親に挨拶してからその場に腰掛けた。星が用意してくれたミネラルウォーターをひと口飲み、リビングから出て行く星の背中を俺がボーッと見送っていると。 「雪夜君、何かあった時は遠慮なく私に連絡してきてね。今日、あの子はこの家を出るけれど……星も雪夜君も、私にとっては可愛い息子なんだから」 星がいないこのタイミングで、そう告げてきた母親は少しだけ寂しそうな表情をしていて。子を手放す親の顔を俺だけに見せる星の母親だけれども、それはおそらく星や光の前では見せない親としての覚悟なんだと思うから。 「ありがとうございます。正直、俺は自分の親から良い意味で見放されているので……幸咲さんの気持ちは、俺にとって本当にありがたいんです」 星の母親から直々に名前で呼んでほしいと頼まれている俺は、まだ慣れない呼び方で感謝の想いを告げた。これからはこの家が俺にとっても大切な場所になることを実感し、俺は照れ臭さと嬉しさに包まれて。 「あら、雪夜君もそんな可愛いして笑うのね。星のこと、頼んだわ……あの子、見た目によらず頑固なところがあるから、大変かもしれないけれど」 「親父さん似ですよね、星くん」 「そうなの。守さんはね、普段はあんなに恥じらう人なのに、肝心な時は男気に溢れた人なのよ。誰よりも家族を信頼して、愛してくれる唯一の人だわ」 そう呟いた幸咲さんの笑顔は、とてもキレイだった。愛する人を想う心は、何年経っても揺るがないものだと俺に語るように。 「来年は、みんなでお花見に行けるといいわね。優君も光も、雪夜君も星も……家族みんなで温かな春を迎えられるように、今からそれぞれ頑張らなくちゃ」 クスッと笑って未来の話をする星の母親からは、先程の寂しそうな表情が消えている。それが俺の心まで暖かいものに変えられていき、恋人の家でリラックスした朝を迎えた俺は、星の母親としばらくの間たわいない話をしながら星くんが下りてくるのを待っていた。

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