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第935話
「ユキちゃん、トマトあげるから鮭ちょうだい」
「ふざけんな、トマトくらい自分で食えよ。俺は優じゃねぇーんだぞ」
「やっぱりダメかぁ、じゃあせいにトマトあげる」
「光、朝から何をやっているんだ。出された物はしっかり食べなさい、お前はもう子供じゃないんだから」
星が起こしてきた光と父親がテーブルを囲い、賑やかな食卓となった室内で。モコモコのパジャマ姿で前髪を上げている光は、朝食のサラダのトマトとにらめっこしている。
そんな光をピシャリと叱った星の父親は溜め息を吐き、碗の中の味噌汁を飲み干していた。
青月家の朝食は純和食で、一汁三菜を絵に書いたようなしっかりとした朝食なのに。生のトマトを食べたくないと駄々をこねる光に、母親は呆れたような困り顔をしていて。
「イタリアンなら食べれるもん、トマトとチーズの組み合わせなら美味しく食べれるのに……なーんか付け合せのトマトって、食べる気しないんだよね」
「あ、だから兄ちゃんは生のトマトが嫌いでもカプレーゼは食べられるんだ……なるほど、納得しました、雪夜さん」
……相変わらずだな、星くん。
この仔猫さんの天然は、この先も変わることがないんだろうと思うけれど。
「いやでも、なんで俺から鮭とってこうとすんだよ。トマトと鮭じゃ、えらい違いじゃねぇーか」
各皿の上を行き来する、くし型のトマト。
それが星の皿に収まった時、星は光を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
「兄ちゃん、トマトはとっても栄養があるんだよ。トマトに含まれているリコピンはね、朝に摂ると吸収率が上がって美肌に効くんだってさ。だからちょっとでも食べた方が体にいいから、苦手な食べ物でも頑張って食べようね?」
お前は神様か、と。
そう訊きたくなるような星くんの穏やかな説得により、自分の皿に戻ってきたトマトを渋々食べ始めた光。
「うふふ、美意識が高い光には効果バツグンだったみたいね。光の朝食には毎朝フレッシュトマト出してあげるわ、トマトジュースもだしてあげる」
どうやらワガママ王子の心を動かしたのは美肌というキーワードだったらしく、そこに漬け込みすかさず嫌がらせのようなことを言う意地の悪い母親の姿に、やはりこの親子は似ていると思った。
「俺より母さんの方がトマト食べた方がいいんじゃないの?元々綺麗だとは思うけど、肌年齢はそのうち誤魔化せなくなるんだから」
「私はいいのよ、光みたいに付け合せのトマトに文句なんて言わないもの。雪夜君と父さんの顔見てごらんなさい、誰がどう見ても貴方の負けよ?」
「……勝ち負けはどうでもいいから、みんなで美味しくご飯食べようよ。ね、雪夜さんもそう思うでしょ?」
「そうだな、せっかくの美味いメシだし」
優との交際を受け入れてもらえたことで、家族の前で王子様を演じることがなくなった光。ただ、ワガママ具合は度が過ぎているように思わなくもないけれど……家族団欒な食卓は、隠しごとのない爽やかな時間のように思えた。
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