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第938話
「元気でな、何かあったらいつでも帰ってきなさい」
「星、雪夜君と仲良くね」
星くんの心の準備も整い、家族の時間を惜しむ両親と星の姿を玄関先で眺めて。
両親も、そして星くんも。
家を出るといっても、星の実家から新居までは車で20分もあれば着く場所にあることを把握しているはずなのに。それでもこうして寂しさが漂うのは、星が今まで箱入り息子だったからなんだろうと思った。
「近いうちに優と一緒に遊びに行くから、その時はよろしくどうぞ。ユキ、せいと幸せな家庭を築いてね」
「言われなくてもそのつもりだ。まぁ、まだ籍は入ってねぇーけどな」
「大丈夫だよ、5年なんてきっとあっという間に過ぎちゃうし。父さんはもう、ユキちゃんを婿養子に取る気満々だから」
今日から星と二人、新たな生活が始まるけれど。書類上じゃ俺たちはまだ、赤の他人のままだから……星の父親と交わした5年後の約束を果たしてもらえるように、俺はこの先も努力していかなければならないのだが。
「光、余計なことは言わんでよろしいと何回言えば分かるんだ。雪夜君の心情も考えてやりなさい、養子になるかどうかは雪夜君と御家族が決めることだ」
「まだ先の話よ、とりあえず貴方たちは新社会人としてこれから頑張っていきなさいね」
立ち話で済む話の内容じゃないことをサラリと言って退ける青月家の人々は、まだ俺にはよく分からない部分も多いけれど。感じられる暖かさはとても心地のいいもので、この家族の一員になれる日がくるのなら、それも悪くはないのかもしれないと思った。
「雪夜さん、そろそろ行きましょう……オレ、このままここで話してたらいつまで経っても新しいお家に行けない気がするので」
自分のタイミングで俺にそう言って微笑んだ星くんは、最後に両親に向けてぺこりとお時期をして。俺も星と共に両親へ一礼し、俺の隣に立つ星くんの肩を抱いた。
「……じゃあ、またね」
顔を上げ、小さく手を振り俺の車に乗り込んだ星くんと、手を振り返し笑顔で見送りを果たした両親。発進させた車に最後まで手を振り続けていたのは、俺よりせいのことを過保護に扱う光だった。
「兄ちゃん、最後までオレに寂しいって言わなかったです。オレも最後まで兄ちゃんや家族に寂しいって言えなかったけど。でも、今日から雪夜さんと二人でいられるのは嬉しくて……なんというか、色々と複雑な気持ちです」
「永遠の別れじゃねぇーからな、会おうと思えばいつでも会える。そのためにあの家借りたわけだし、俺も星くん家にはまた行きてぇーし」
「お盆休みとか、雪夜さんと一緒に実家に帰省できるといいんですけど……その前に、オレは仕事を覚えなきゃです」
「それは、俺も一緒だ」
家族と別れて新居に向かう道中、今までのこととこれからのことを俺は星と話していた。
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