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第941話
「雪夜さんとお家で向き合ってご飯食べるの、なんだか不思議な感じがしますね」
「今までは隣同士だったからな、ダイニングテーブルなんてなかったし」
荷物整理も無事に終わり、約束通りにカルボナーラを作ってくれた雪夜さん。そんな雪夜さんと二人で向き合い食卓を囲むのは、オレにとってかなり新鮮なことだった。
本当に、これからはオレと雪夜さんの二人で暮らしていくんだなって……オレの荷物をこの家の色んなところに配置していく度に、どこかふわふわした気持ちのままオレは今に至るけれど。
「雪夜さん、ご褒美のカルボナーラ最高に美味しいです。でも……オレの気持ち、どうして分かったんですか?」
一度眠ってしまったら、オレがなかなか起きないことも。荷物整理とえっちなことの二択なら、オレは片付けを優先することも。その誘導の仕方にオレが頬を膨らませる前に、ご褒美の話を持ち掛けるところも。
オレを知り尽くした、雪夜さんの言動。
でも、雪夜さんに今日の夜はカルボナーラが食べたいなんて、オレはひと言も伝えていなかったのに。
雪夜さんがどうしてオレの心を読めたのか知りたくて、オレはフォークにパスタを巻き付けながらも首を傾げてしまう。
けれど、雪夜さんはそんなオレを見て幸せそうに目を細めて笑った。
「お前が初めて俺ん家来たとき、最初に食ったのがカルボナーラだっただろ。だから今日の夕飯はカルボナーラだって、星くんはそう言うと思ったから」
「え、すごい……雪夜さん、大正解です。もし夕飯の献立が決まってないようなら、オレから雪夜さんにお願いしようと思ってたんです」
その理由は、雪夜さんが話してくれた通りだ。こんなに美味しいカルボナーラを新しいお家でも食べられるオレって、とっても幸せ者だと思う。
雪夜さんから貰ったひとくちじゃなく、それぞれの前に一人前のお皿があることも嬉しい。あの時にはなかったサラダとスープも、そしてまだ真新しいカトラリーも。
過去をなぞると見えてくる、たくさんの小さな変化と、変わらない味。その中に隠れているいくつもの幸せを感じたくて、オレは無意識のうちに当時と同じ味を恋しく思っていたんだ。
それはきっと、変わることのないオレのクセでもあると思うから。
「そんじゃあ、明日の朝はオムレツだな」
幸せいっぱいで微笑むオレに、雪夜さんはそう言って意地悪な笑顔を見せる。その表情にちょっとだけ悔しさを覚えたオレは、すかさず雪夜さんに言い返そうと口を開いていくんだ。
「もう、オレ一人でも上手に作れるようになりましたもん。明日は、二人で朝食作りましょうね」
「もちろん……って、言ってやりてぇーけど。たぶん、その食事は朝昼兼用になると思うぞ」
「どうしてですか?ベッドの寝心地が良過ぎて、なかなか起きられないとか?」
荷物整理をしている時に開けた寝室は、確かにとても寝心地が良さそうなホテルスタイルのダブルベッドが置かれていたし、マットレスもお布団も枕もふかふかで、シーツもとろりした優しい素材だったけれど。
オレの質問に、雪夜さんは黙ったまま笑っているだけだった。
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