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第3話
さて、色々あって俺はごわごわとした布に包まれて馬に乗っている。
今俺を後ろから抱えるように支えてくれているのは、真っ裸の俺に話しかけてきた勇気あるイケメン、ラズマだ。
いわゆるお姫様乗りというやつだ。
色々あったから俺は不本意ながらこんな格好を許容してる。
何があったかって?
そもそもすぐには馬に近寄れなかったとか、馬の背中に乗れずにぴょんぴょんしたとか誰が言うかよバカ野郎。
これは仕方がないことなんだ。
現代日本人で乗馬経験があるやつはブルジョアかジョッキーくらいだろ。
ブルガリアのヨーグルトをジョッキ飲みしたことすらない俺には無理な話だったんだよ。
馬上で改めて教えられたラズマの名前はもっと長い名前だったけれど、俺が覚えられなかったからやっぱりラズマになった。
覚えられなかったのは記憶力の問題じゃなく、日本人の外国人の名前を聞き取る能力が低いせいだと思いたい。
巻き舌はどうやって耳から聞いた音を変換して口から出すんだろうな。
イケメンのラズマについて俺が解ったことは名前くらいだ。
見た目は20代くらい?
外国人って年齢判んないよな。
あと、ラズマはずっとこっちに伝わるくらい明らかに緊張している。
判るだろ?
あの相手がガチガチに緊張しているときのぎこちなさ。
しかも、こういうぎこちなさは伝染るんだよ。
まあ、今のところお互いがお互いにとって不審者みたいなもんだし、仕方がない。
なんてったって俺は真っ裸なんだし。ラズマのマント借りてたってその下は裸だ。
不審者極まりいわけで、っていうか不審者よりも変質者か!?
コートの下は裸。って不審者つうか変質者の方だよな。
マジかー。俺不審者か~
ラズマってマジすげーな。
よくこんな怪しいやつに声かけてコート貸して馬に2ケツしてるとかホントすげえな。
イケメン補正か?
ぶっちゃけ、ラズマが悪い奴だったらどうしようかと思わないわけでもないが…
素っ裸のおっさんが不審者として捕まるのと、不審なイケメンにおっさんが素っ裸で捕まるのと、そう大差ないことに気づいた俺は…
敢えて自分で罪を負うこともないだろう。と考えて後者を選んだ。
あとは、ラズマがいいイケメンであることを願うだけだ。
ぽくぽくと馬上で揺られて見る景色は…俺の知ってるどこでもなかった。植物とか、山とか、なんか違うんだ。日本の里山とアマゾンとかそういう違いじゃなくて、なんかこう、根本的に何か違う…その違いが何だか解んないんだけどさ。
で、今更だが、俺はとあることに気づいた。
これはいわゆる、異世界転生というやつではないだろうか?と。
恐らく俺はあの道端で死んだ。
痛みを感じる間もなく死ねたのは幸いだったかもしれない。
痛いのは嫌だ。
なんで死んでここに居るのかは解らないけどな?
まあ、それはいいか、考えても答えは出なさそうだしな、先送りしよう。
俺にはもうひとつ気になることがある。
ラズマは俺のことを『ニンフ』と認識をしていた。
『ニンフ』といえばあれだ、やたらと白い姉さん達がうふふーって感じで浮いたりしてる有名な裸婦画のアレ、あいつらがニンフだよな。
ラズマは『セイレイには人の呼び名が通じない』とも言っていた。『セイレイ』とはおそらく『精霊』のことだろう。
精霊…
長髪のおっさんが精霊とは…今の俺の姿が非常に気なる。
精霊って思うくらいには美形に…
いや、まてよ、精霊が美形って誰が決めた?
半魚人だって人魚だ。
ヒゲモジャおっさんのドワーフだって妖精だ。
そうだ、違う方向で人外って可能性もあるだろうから下手な期待はやめておこう。
精霊か…
………何にもわかんねぇな。
それよかマントの布って結構硬いのな、馬の背中で揺られた素っ裸の尻の皮が擦れてヒリヒリしてきた。
座り方が横向きだからだろうか、しかし横向き意外の選択肢は真っ裸にマントという装備の俺にはない。
なんとかヒリヒリを軽減しようともぞもぞ動いていたら「もう少しで街す」とラズマに言われて顔を馬の進行方向に向けた。
けれど、見る限りそこには草原しか無かった
あるのは奇妙な石碑が等間隔に並べられているだけ。
「ここから先が我が国です。ジーン」
あ、ラズマが俺を呼び捨てにしてるのは俺が頼んだからだ。様づけとか仕事の書類上だけで充分だろ。
俺的にはちょっと距離感が近づいた…というか腕に抱かれてる状態は0距離なんだけど、精神的な方な。ちょっと仲良くなれる気がするだろ?
そんな微妙な関係の俺達なんだが…
微かに俺を抱えるラズマの腕に力がはいった。
「ラズマ?」
「ええ、ジーン通りますよ」
緊張した声。
何でだろうか?
そう思った瞬間、馬が石碑と石碑の間を通り、その一瞬ねっとりと空気が重くなった。
「ん?」
そして、唐突にそれはぶつん、と切れた。
例えるなら見えないラバー製の何かをくぐったような奇妙な感覚。
ラズマがはーっとため息をついた。
俺を囲う腕の緊張が急激にほどけていく。
思わず首を傾げると
「貴方が悪しき精霊でなかったことに感謝いたします」
と先ほどまでのぎこちなさを遠くに放り投げたような美々しい微笑みでラズマがにっこり笑った。
うん?
つまりさっきまでは俺は悪いやつかもって疑われていたって訳?
そして、今その疑いは晴れたってことか?
あの謎ラバー壁には何かしら仕掛けがあったっのか。
…はっ!結界!?結界的な!?
スゲーな。
どこまでもファンタジーだな、おい。
「さあ、街に着きましたよ」
そう言われラズマの顔から進行方向へ、視線をうつすと、そこには先ほどまで無かった大きな大きな都市があった。
白い土壁、賑やかなマーケット、並ぶ鮮やかな絨毯、美しいモザイク、山とつまれた野菜達。
そして、様々な肌色の人々が行き交うそこはイメージとして思い浮かべるような中東のマーケットそのもの。
そのなかを馬はゆっくりと進んでいく。
俺の尻の痛さなど吹き飛んだ。鮮やかな色彩の人間達、その側には小さな妖精のようなものが飛んでいる、時々羽のはえた動物をつてれている人さえいる。家根の上にいるグリフォン、道の真ん中に居るケンタウロス、金属を真剣に見ているのはドワーフだろうか。
何処からか異国情緒溢れる歌が聴こえてくる。
その旋律に耳を傾けているとイケメンは街のど真ん中にある大きな門の前で馬を停めた。
駆け寄る門番は槍を持っていた。
槍か、物騒というか…うん、ファンタジーだな。
門番とラズマの会話より俺は気になるものがあった。
それは門の横の止まり木に居る鳥?
鳥かと思ったそれは…猫の顔をしていた。って言うかよく見たら猫だった。羽根の生えた猫だ。猫妖精といえば…
「ケットシー?」
「ええ、門番と契約した精霊です」
首をかしげた俺に門番と話し終わったラズマが答えてくれた。軋む音をたてて門が開き始めた。
羽根の生えた猫がいるなんて…どうやらここは本気でファンタジーな世界らしい。
俺的には出来ればケットシーには羽根じゃなくて長靴はいていて欲しかった。
そう思いながら見ていたら、ケットシーはラズマと話していないもう一人の門番の肩にふわりと降りた。
ケットシーは猫らしくするりと門番の頬にすりより、門番も嬉しそうにその喉を撫でていた。
うん、長靴はないけどあれはあれでかわいい。
馬はまたゆっくりと歩き出し、門をくぐった。
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