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第4話

「ジーン、この国のことは何か知ってますか?」 そうラズマに問われ俺は素直に首を横にふった。 ここで知ったかぶりをしても仕方がないからな。 「この国はサラン。サランは人と精霊が共に暮らす数少ない国です。太陽の精霊と契約した始祖が興したと言われ、王座のその上には精霊王の椅子があります。今の精霊王は気儘な方なので姿を見た者はほとんどおりませんが…王位は強い精霊と契約した王がなるのが掟となっています」 ラズマは白く長い階段の前で馬を停めた。 そして、ひらりと降りると駆け寄ってきた馬丁のような人物に馬の手綱を預け、渡された紙にサラサラと何かを書き込んでから俺を馬上から下ろしてくれた。 そっと丁寧な扱いに安堵する。馬に馴れていないからマジにありがたい。 ついでに尻の痛みからも解放された。嬉しい。 「サランでは王でなくとも、魔力のあるものは精霊と契約し、その恩恵を与えられています。よろしければここでジーンも誰かと契約をしていただきたい」 ラズマの話を聞きながら先ほどの門番とケットシーのことを思い出す。 いいなあ、俺にもあんな精霊がほしい。 いや、ちょっとまて? 確か俺もラズマにニンフっていう精霊だと思われてなかったか? 俺は精霊じゃない…よな? ない…とは言い切れないけれど…精霊? ただの真っ裸のおっさんじゃなくて精霊? …ないわー。 もと36歳のおっさんがなれる精霊っていったら都市伝説のちっちゃいおじさんくらいだろ。 俺精霊説を脳内で否定しながらラズマについて歩く。平らに磨かれた石が素足にひんやりつめたくてきもちいい。 ラズマは俺よりも背が頭ふたつ分は確実に高いけれど、歩幅を俺に合わせてくれている。 うん、ラズマはいいやつだな。 できるイケメンってやつだ。 「ラズマ、その者がジンか?」 偉そうなおっさんが白い階段の向こうから声をかけてきた。 ラズマはさっと膝をつき、俺は手持ちぶさたに立ったままだ。 「うん?ジンニーか?ジンニーヤ?おい、呆けてないで答えろ」 でっぷりとした腹周りのそのおっさんはくすんだ灰色の薄い髪とテカテカ光る顔をしていた。あと出来物すごい。油分控えた方が良さそうだぞ? えらそうにふんぞり返る…というか腹を突き出しながら俺を頭から爪先までじろじろと不躾に見る。 そのあまりに横柄な態度に思わず顔をしかめてしまう。 「ヨーサン殿、精霊様にそのような態度はおやめください。それに精霊様はジンではなくジーン様です」 ラズマは膝をついたままだかおっさんの行動に釘をさしてはくれた。 マジいいやつだなラズマ。 俺の中のラズマの株が急上昇だ。 下がる気配がない。 対して初対面だがおっさんの株は落ちていくだけだ。 「何?ジンではないのか?」 「はい、おそらくニンフかと」 「はあっ!?お前はたかが名持ちのニュンペーごときをわざわざ連れて来たのか?まったく、紛らわしい!」 おっさんはそう吐き捨てながら俺を上から下へとじろじろと不躾に見た。 「ふんっ、貧相なニュンペーだ」 失礼なおっさんが勝手に失礼な感想を述べながら生暖かい芋虫のような太い指で無遠慮に俺の顎をつかんだ。 短い爪が刺さって痛い。 なんなんだこのオヤジは。 あまり相手の言動が酷いと不快感よりも理解が出来なくなるらしい。 俺はあっけにとられて自分でも解るくらいアホ顔をしていたと思う。 しかも顎つかまれてるし。 「まったく呆けた顔だ、受肉したばかりの知能の低い虚者ではないか、こんな役立たずはいらん!棄ててこい。おいラズマ、今度連れ帰るならイフリートかシャイターンにしろ」 顎から離れた手がどんっ!と勢いよく俺の肩を突き、俺はバランスを崩しよろけて横に転んだ。 「ジーン!」 床に打った掌と膝がヒリヒリと熱い。 マントがはだけることはなかったのが幸いだ。 こんなところでフルチンを晒すのは本気でごめん被りたいからな。 猛烈失礼なくそオヤジはどすどすと足音を立てて去っていった。 「 申し訳ありません…まさか、まさか精霊様にこのような…本当にすみませんっ」 真っ青な顔で俺を抱き起こしたラズマが必死に謝ってくる。 イケメンの怒りと困惑と罪悪感に歪んだ酷い顔を見たせいか、あのおっさんに、腹は立たなかった。 それよりも俺よりショックを受けたようなラズマが心配になった。 この様子だときっと、ラズマはよかれと思って連れてきてくれたんだろう。 精霊と人とが共存しているこの国に来ることが俺にとっても益となるだろうと。 もちろん、ラズマにとっての益もあるんだろうけど… きっと、あの門番とケットシーのようになれるのだろうと考えたのかもしれない。 「大丈夫か?」 だから俺は目の前で膝をつく銀色の頭を撫でた。 見た目通りの柔かなさわり心地。 ラズマの色の濃くなった青紫の瞳が驚きに見開かれ、そして悔しそうに歪んだ。 「ありがとうございます。本当に申し訳ありません。ただ、あんな人間ばかりと思わないでください。 貴方には貴方に相応しい方を選ぶ権利があるのです。我々は精霊様に選ばれた栄誉を誇ることはあっても選ぶ立場には無いのです」 ラズマは頭を撫でる俺の掌をとり、石畳で擦りむけて赤くなった部分をそっと撫でた。 何となく、ヒリヒリした痛みがじんわりしたものになった気がする。 ラズマがもう片方の掌を取る、こっちの擦過傷は更に酷く少し血が滲んでいる。 ラズマはまるで自分が傷ついたかのように痛そうに顔をしかめた。 そして小さく何かを呟くと柔かな冷たい布が触れたような感触のあと、掌にあった傷がすっかり綺麗に無くなっていた。 確認していなかったけれど同じように痛かった膝頭とヒリヒリしていた尻も痛みがない。 魔法だ。 治癒魔法だ。 なんてこった! この世界は魔法まであるのか!! ファンタジーーー!!! 俺は失礼なオヤジのことはすっかり忘れた。 「ラズマは精霊と契約しているのか?」 「ええ、私のように特殊な色を纏うものは精霊と契約をした証、私の友は気まぐれなので滅多に現れはしませんがこうやって力を使うことを赦してくれるのです」 すげえ。 「貴方は本当に産まれたばかりなのですね。受肉したばかりの精霊がこれほど弱いとは…あまり見かけないのは淘汰されるせいだったのですね」 ふむ、と納得したように頷き、座り込んでいた俺の手を引いて立ち上がらせた。 「かなり乱暴かつ横柄でしたが、ヨーサン殿が帰宅の許しをくださったのですから、王への謁見も審査機関へも行かなくていいでしょう」 にっこりとラズマは今までとは違って少し腹黒そうな笑顔で笑った。 どうやらあのオヤジの態度に相当腹を立てているらしい。 「貴方には私が信用できる契約者候補を責任をもって探しますからご安心を。もちろん、あの失礼なオヤジにも相応の…こほん。さあ、こんな不快な場所からはさっさと立ち去りましょう」 底冷えする笑顔で笑うラズマ。 普段穏和な奴ほど怒らせると怖いってホントだな。 俺はヨーサンのクソオヤジに心の中で合掌した。 では、行きましょうか。 その声とともに抱き上げられた。 いつもより高い視線。不安定な状態に慌ててラズマの肩にしがみつく。 お姫様抱っこだ。 気づいてしまったら羞恥心で死にそうになる。 冷たい水に触れるような感覚に全身が包まれ… 酷い目眩に襲われ思わずラズマの服をつかんでぎゅっと目を閉じた。 「さあ、もう大丈夫ですよ、目をあけてください。」 その声に恐る恐る目をひらくと、俺はラズマの肩に顔を埋めた状態だった。 いや、埋めるどころかすがりついていた。 こんなおっさんに抱きつかれても困るだろう。と慌てて離れようとしたが、なぜかラズマは離れようとした俺をぎゅっときつく抱きしめた。 「ここには貴方と同じ精霊とその契約者がいます。貴方を傷付ける存在はいません」 困惑しながら見たラズマの瞳にはありありと心配と書いてあった。 いや、実際書いてある訳じゃないんだけどさ、なんかこう、慈愛に満ちたというか…迷子の子供に向けるような… なるほど、これはハグだな。 幼い子供を落ち着かせる為の行為なのだろう。 まあ、俺は36歳のおっさんだから逆に居たたまれないけどな!! まるで落ち着かせるかのようにぽんぽん背中叩かれても反応に困るだけだ。 気づけばラズマの肩越しに見える景色はさっきの目に痛いほどの白い階段と青空とは全く違う、茶色い室内、がやがやと賑わう多くの人間の気配。 っていうかこれワープ!? もしかして、もしかしなくてもワープした!? マジでファンタジー!!! すげえ! 内心ものすご興奮してたけど必死で堪えた。 ラズマの腕のなかだったから。 ほら、俺もう結構良い年だからさ。 お姫様だっこされてるけどさ。

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