4 / 34

第3話

 * 七瀬目線  久しぶりに元恋人を抱いた。  抱いたというよりはただ単に欲望をぶちまけただけのようなそんな行為だ。恐らく押し倒された美津は行為の気持ち良さなんてないだろう。付き合っていた当時でさえこんなに彼の気持ちを無視してセックスしたことはないし、それに彼をここまで泣かせたこともなかった。  眠ってしまった彼の体をベッドまで運び、久しぶりに美津が自分のベッドで眠る姿を見つめながらそっと息をつく。  きっと怒られるんだろうな。それこそ殴られたり、場合によっては警察沙汰になるかもしれない。  美津は綺麗な顔をしているけど怒ったら怖いということを彼の周りの人から何度か聞いたことがある。実際に俺が見たことはないけど。  自分が今まで見てきた彼の顔はいつだって裏のない笑顔だ。真っ直ぐに自分だけを見据えたような、キラキラとした顔だけだ。でも、いつしかそれは見る回数が減っていき、別れる1か月前までになると今度はその笑顔ですら向けてくれなくなっていた。  『そういえば、最近みーちゃんに新しい恋人出来たみたいよ。』  美津と別れて数か月。小説家としての仕事が以前よりも増えて更に忙しくなる中、気分転換にと美津と出会ったゲイバーのママに会いに行った。そこで彼の口から出てきた言葉に思わず言葉を失ったのを未だに覚えている。  美津に恋人?  いやそんなはずない、どこからそんな自信があるのか自分でもよく分からないが美津に恋人ができたなんて信じたくなかった。  何故なら美津は人見知りで、それこそ彼と出会った時もずっと一人で隅のテーブル席に座っては誰に話しかけられても興味なさげに無視することで有名な“人形”と呼ばれていた男なのに。  『…それ、本当ですか。美津に恋人…?』  『ただの噂だけど、あなたと別れてからみーちゃんいろんな人と寝てるみたいでね。そのうちの一人がうちの常連で、この頃はみーちゃんの家に上がらせてもらえないんだって。家の鍵を渡してる奴がいるからとか。』  まぁ酔っぱらいのいうことなんてみんなアテにならないわよ、とママは付け加えたが、その噂がホンモノだというのは何となく分かった。  3年間、美津と付き合って、何度も彼の家に行って寝泊りしても彼は一度たりとも家の鍵を渡してくれたことがない。それは強請っていなかったからかもしれないけど。  でも、もし本当に美津に恋人が出来たら…。  それを考えただけで腸が煮えくり返りそうだ。  *  仕事の打ち合わせで通った場所がたまたま彼の働いていた店の近くだったことに気づき、淡い期待を抱きながら店に入ってみると真っ先に出迎えてくれたのが美津本人だった。  見つけたよ、美津。  喜ぶ俺とは裏腹に明らかに嫌悪感丸出しの彼。そういう姿も可愛くて仕方がない。  俺だってまさか彼と再会して直ぐに関係が元に戻るとか、少しは昔のことを引きずってくれてるとかそんな希望を抱いていなかった訳じゃない。だって美津の初めては全て俺で、彼の身体にあれほど自分という男を刻みつけたのだから絶対に忘れてないという確信はあった。  無理に誘い出して、酔わせて、それから家へと連れて行って。  こんなに上手くいくとは思わなかったけど、嬉しくて仕方がない。  なのに美津、どうしてあんなことを言ったの?  『今だって好きな人はいるけどその人には女がいるから体の関係だけを持っているんですよ。それに他にもセフレがいる。』  『もう俺は、七瀬さんなんか必要ない。』  頭で理解するよりも先に体が動いた。  それから美津を無理に抱いて、泣かせて。行為中は頭に血が昇っていたためあんまり気にしていなかったけど、よく見れば自分の腕と胸元には引っかかれた傷跡が赤く残っていてジンジンと熱を持っている。背中も同じだ。必死に抵抗していたんだな、と思うのと同時に彼の唇にそっとキスを落とし、俺も早く寝ることにした。痛い痛い傷も、彼が付けてくれたものだと思うと愛おしくて仕方がない。  いつ本当のことを伝えようか。  その時でも君は俺のことを嫌いだって言って突き放すのだろうか。

ともだちにシェアしよう!