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第4話

 深い眠りから体を起こして真っ先に自分を抱きしめていた男の腕からすり抜ける。体に残っている男の体温が汚いように感じて酷く気持ち悪かった。男は熟睡しているのか起きる気配がない。そんな彼を寝室に残し、リビングで乱雑に脱ぎ捨てられた服を拾いながら身に着けていく。早く風呂場で体にまとわりついている気持ち悪い感覚を洗い流したいが、今は我慢しよう。  あの男の浴室を使うぐらいなら家まで我慢したほうがずっとマシだからだ。  忘れ物はないかもう一度確認し、それから男の部屋を後にする。玄関に置かれていた鍵を手に取って施錠し、それからエレベーターを降りて郵便入れの箱に入れた。  昨日、酔っ払っていたからまともな判断ができなくて、七瀬さんに一泡ふかせようというつもりで家に行ってしまったことに今更後悔が出てくる。俺が悪い、バカだな、そう思いながらやり場のない怒りを抑え、それから彼のマンションを出た。  時刻は朝の7時半。電車に揺られながら途中にある大きな駅で乗り換える。その間もずっと頭の中はぐちゃぐちゃで、おまけにアルコールもまだ抜けてきってないのか気持ち悪い。さすがに吐くほどではないが、一度人気のない駅で電車から降りて近くの椅子に腰を落として頭を抱えた。傍から見れば変な人に見えるかもしれないが今はそんなことよりもこの気持ち悪さをどうにかしたい。  どれぐらい経ったのだろう、30分ぐらい過ぎたところでようやくその波が少しずつ引いていくのが分かった。今なら電車にまた乗れるかな、あと5駅ほどだし。  こうなると分かっていたらタクシーを最初から使えばよかったのにと自分を恨めしく思いながらも次の電車が来るまで大人しく待つことにした。  「美津?」  次の電車が来る2分前。呼ばれた名前に反射的に顔を上げるとそこには何故か藤谷がいて、彼は俺の顔色の悪さに気づいたのか「どうしたんだよ、平気か?」と隣に座りながら不安そうな顔で見つめてくる。何でお前がいんの、と聞きたくなったが今は口を開く余裕すらない。  そうこうしていたら次の電車がやってくるアナウンスが流れ、立ち上がろうとしたところで藤谷はフラつく俺の身体を支える。  「この電車で帰るんだな?」  その言葉に頷き、それから藤谷は俺を支えたまま人の少ない電車に乗り込んだ。  当然、気持ち悪そうな相手を支えながら入ってきたら中の人は驚くだろうがそれでも藤谷は気にすることなく俺を3人掛け用の席に座らせて自分は目の前に立つことにした。  いや、空いてるんだから座ればいいのに、とは思ったが彼は度々俯く俺の頭をそっと撫でるだけでそれ以上は触れてこようとしない。恐らくさらに気持ち悪くさせてしまうかもしれないと思ったからだろう。  電車に揺られること15分。ついに自分の家の最寄駅に着き、同時に気持ち悪さも少しずつ良くなっていくのが分かった。もう自分でも歩けるほど回復したが、それでも不安そうに見つめながら肩を抱いてくれる藤谷の体温が心地いい。  「…悪かったな。どこかへ行くところだったんだろ。」  近くの自販機で藤谷は飲み水を買ってくれた。それを受け取りながら質問を投げると、藤谷は自身が飲む用の缶コーヒーを購入して俺の言葉に「ああ」とだけ返す。しかし言葉には続きがあったようで彼はコーヒーを飲みながら次の電車の時刻を確かめるも、いつものようによく分からない笑みだけを浮かべる。  「まあいいよ。大した用事じゃなかったし、むしろ予定潰れたからさ。このまま帰るのもなんだし、散歩がてら家まで送るよ。」  「は…いや、悪いって。もう一人でも平気だし。」  「そう思うならまず二日酔いになるまで飲むのやめような。お前は酒弱いんだからさ。」  返す言葉もない。黙り込む俺に彼はあははと笑い、それから思いついたかのように「また今度メシ食いに行こうぜ。」と言葉を続けた。それに頷きだけを返し、それから藤谷と共になんてない会話をしながら改札をくぐり抜け、歩いて10分のところにある自宅マンションへと到着したのだ。  「もうここまででいいよ。あとは平気。」  「そうか?じゃあこのまま帰るとするかー。またメールでいつ行くか決めようぜ。」  携帯を取り出しながら手を振る藤谷に少し笑い、コイツはやっぱり本当は優しいやつなんだなと改めて思い知る。俺も手を振り返し、それから自分の部屋へと向かうことにした。  藤谷が誰と会っていたのかは分からない。いつもの彼の香水にほんのり、女物の香水が混ざっていたような気がした。  もし、実はこれから彼女と会う予定だったのに俺の体調を心配して優先してくれたとしたら、なんてくだらない妄想を少し思い浮かべてしまう。あくまでも妄想だから本当はそんな訳ないだろうし、ましてやあれほど彼女溺愛している男に限って俺を優先するなんて選択肢はないだろう。  …藤谷、お前って奴は本当、憎たらしい。  こんなにもお前のことを好きな気持ちを隠そうと必死になっているのにどうしてくれるんだ。  ますます好きになってしまうじゃないか。

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