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第12話
「好きです、美津さん。」
彼の口から飛び出たその言葉はあまりにも衝撃的で、考えていたことを一瞬にして全て奪われてしまった。
「…は……?お前、何言って…。」
かろうじて出た声で驚きの言葉を押し出すも、浅葱の顔は真剣そのもので薄暗いが微かに頬が赤くなっているのが分かる。え、なに、本当に言ってるの?罰ゲームとかじゃなく?
「…本当は今日伝える気なんてなかったんですが、美津さんが前の恋人からそんな酷いことをされているって聞いてからどうしても言いたくて。」
「いや…待って、お前自分で何言ってるのか分かってんの?」
俺は男でお前も男で、そんな簡単に好きとか言える関係じゃないだろ、と彼に言ったものの、彼は真剣な顔を崩さずに分かってます、と答えてきた。いろいろと言いたいこととか聞きたいことは山々だが、いつ誰が通ってもおかしくない道のど真ん中で言えることじゃないことで、とりあえず彼と共に俺のマンションへと向かう事にする。その間、お互いずっと黙り込んだままで、彼をリビングに通してもなお暫くは会話がなかった。
「気持ち悪いって思いますか。」
「…え?」
「好きって言って気持ち悪いって感じましたか。」
突然口を開いたと思えば彼はそう言い出して、俺はその真っ直ぐな目に思わず手が震えたが彼がこうも真剣な顔で聞いているんだから嘘は言えなかった。
「思わないよ。…驚いたけど。」
「…すみません。なら、もう少し僕の気持ちを伝えてもいいですか。」
頭を横に振ることなんてできなくて、俺はこくりと頭を小さく頷いた。
「僕は美津さんのこと、ずっと前から好きでした。…高1のとき、何気なく選んだ選択授業で美津さんがいたんです。天体の授業、覚えていますか。」
そう聞かれて俺も高校の頃を思い出すと確かに当時、全学年合同の選択授業で科学の天文学を選んだ覚えがある。俺が返事をすると彼はまた言葉を続かせた。
「天文学なんて星を見ていればいいかと思えば実際は結構内容が難しいからほとんどの生徒が別の授業に変えたりして人数が少なかったんです。でも美津さんはいつも授業が終われば先生に詳しい話を聞きに行ったり星の写真をキラキラとした目で見るものだから気づいたらずっと目で追いかけていました。」
それからなんとか美津さんに話しかけようとしたんですけど、なかなか気づいてもらえなくて。
困ったような顔で笑う彼。「結局高校では話しかけることができませんでしたが、大学に入学してたまたま受けたバイト先の飲み会で美津さんと再会して。本当に運命かと思いました。」飲み会、と言われて思い出したのがあの日、そういえばやけに心配してくれている人がいた。
まさかと思って彼に確かめればやはりどうやらあの人物が浅葱だったらしい。どこか見覚えがあると思ったのは間違いじゃなかったのか。
「僕のこの片思いなんて本当はどうでもいいんです。ずっと先輩後輩の関係でいても幸せだと思っていました。…でも、」
「お前は俺に告白することによって何かしてくれんの?」
俺は浅葱からの告白に、自分の中で思っていたことを思わずそのまま言葉にしてしまった。
俺の周りの環境に同情なんてしなくていい。そう思うと今まで彼に抱いていた気持ちが次第に黒いものへと変わっていき、酷い言葉を彼にぶつける。
「浅葱が告白してくれたって俺の環境が良くなる訳じゃないし、お前だって本当は普通に女と付き合ってきたノンケなんだろ。別にゲイの俺の気持ちなんて理解してもらわなくてもいい。」
…とか、どうしてここまで酷いことが言えるんだろうか。自分で自分が嫌になるほどの言葉を思わず吐いてしまう。違うんだよ浅葱。
もちろんそうとは言えない俺は言い終えた言葉を途端に後悔し、それから下唇を噛み締めた。
「…僕はノンケじゃないですよ。」
「は…?」
「本当はゲイです。美津さんが僕のことをノンケのように見えるのは外見だけだと思います。」
え、何?咄嗟についた嘘?とは違うようで、彼はやけに真っ直ぐな目でそう答えた。
「じゃあ何、浅葱は俺と付き合ったりキスしたりセックスできんの?」
「できます。」
顔は嘘をついていないようだが、それでもやっぱり試したくて彼の体をソファーに押し倒してみたが嫌がっている素振りを見せないということはどうやら嘘じゃないらしい。
正直浅葱が初めてだった。俺のことを好きって言ってくれたゲイの人は。藤谷なんかノンケだし結城も七瀬さんも正直のところゲイなのか確認していない。
「…美津さん、考え事をするのは構わないんですが、僕の上に乗られるとちょっと困ります。」
「あ、ごめん。重たかったよな、直ぐ降りるから。」
確かに浅葱を押し倒したこの状態のまま考え事をしてはいけないな。直ぐ降りる、とは言ったが、目の前の浅葱を見てみれば頬が赤い。
「仮にも美津さんのこと好きと告白した身ですので…この体勢は心臓に悪すぎます。」
うわ、可愛い。と思ってしまった自分がいた。
いやいや、仮にも浅葱に自分のことゲイって告白してしまったんだし、バイト辞めるしかないなんて軽く考えていたが、どうしよう。物凄く襲いたい。
「……さっき言ったよな。キスとかセックスできるって。」
「はい。…え、ま、待ってください、美津さん。つ、付き合っていませんよね、まだ…?」
控えめに“まだ”って言った彼に思わず笑ってしまったが、冷静に考えれば確かにここで彼を襲ったら俺の環境が更に悪化するのは目に見えていた。何より同じバイト先に寝たことあるやつが二人いるなんてバレてしまったらこれ以上ない修羅場になりそうだ。
判断を間違えそうになった。人間の三大欲求とは恐ろしい。
「ちなみに聞いていい?お前、俺のこと好きだって言ってるけどそういうこととか考えんの?」
「か…考えますけど…って何言わせてるんですか。」
顔が真っ赤になった彼は両頬を押さえながらため息をつき、美津さんは意地悪ですね、なんて言ってきた。お前それわざとやってんのか。
ちなみに浅葱にタチかネコかと聞けばタチだって答えた。嘘つけ、ネコの俺が襲いそうになったんだぞ。
本音を言えばもっとからかってやりたいが、これ以上は俺も余裕がなくなるかもしれないのでとりあえず彼の上から降りてきちんとソファーに座り直した。
さっきのようなこともあった為か二人して少し気持ちが軽くなったのか、浅葱はタチかネコかということで笑いながら軽く言い合っていた。やっぱり浅葱といると楽しい。楽しいというより楽だ。そういう気持ちの緩みもあって、俺はきちんと彼に今の自分の現状を話すことにした。
七瀬さんと付き合っていたこととか藤谷と結城といったセフレのことも。彼は先程までの顔とは一変して真剣な顔で全て聞いてくれてたけど。
「…っていう感じで人間関係がグチャグチャだから。」
「藤谷さんや結城さんとも寝ていたんですね。」
あ、やばい。思わず名前出してしまった。
「ぜ、絶対言うなよ?もちろん二人は俺が他に寝ている奴がいると知ってるけど。」
「言いませんよ。ってか嫉妬しました。」
「…は?嫉妬?」
「だって、あの二人も美津さんのこと好きでそういう関係になれたんですよね。ズルいです。」
藤谷は彼女持ちだぞ、と言おうと思ったが言えない。本当に悔しそうな顔を浮かべる浅葱に俺はなんとか話を明るい方へ持っていきたかったが浅葱は何も答えてくれなかった。
「…美津さん、正直に言ってもらっていいですか。僕のこと少しでも意識してもらってます?」
「いや、普通にお前の顔とかモロタイプなんだけど。」
「え!?そ、それは嬉しい…って、そうじゃなくて!……じゃあ、いつか僕も美津さんのこと独占できるようになるんですか。恋人として。」
浅葱をからかうのが楽しくてつい顔がタイプって言ったが、後半に彼が言ってきた言葉には俺も真剣にならざるを得ない。俺は少し考えてから「お前の性格も別に嫌いじゃないよ。」と先ほどと違って素直じゃない言葉を返した。それでも浅葱は嬉しそうに「もっと頑張ります。」と答えたけど。
それから浅葱は「じゃあ、もっとデートとかしないといけませんね。」と少しずつ前のように俺を振り回す調子を取り戻してきたため、俺は「二度と行かない。」と答えてやった。
「美津さんって最初はちょっと冷めてると思ってましたけど、恥ずかしがり屋なんですね。全部反対の言葉に聞こえます。」
「耳鼻科行ってそのまま帰れ。」
「あ、じゃあこのままお泊りしてもいいんですか?」
わー、言っちゃった!とからかってきた彼に俺は「いいよ。」と答えてやれば彼の顔がまた真っ赤に染まる。どっちなんだよ、自分で言い出したんだろ。
「え、い、いいんですか。」
「家近いんだし追い出そうと思えば追い出せれるからな。」
「わぁ。美津さん出て行くなってことじゃないですか。」
「お前マジでその耳診てもらえ!」
ソファーのクッションを彼にぶつけ、それから俺は寝室へと向かうと彼もまた後をついてきた。
図星の隠し方もなんて幼稚なんだという自覚はあったが、それでも彼が言っていることは間違っていないため俺は無理に会話を終わらせてさっさと寝ることにしたのだ。
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