18 / 34

第17話

 「えー!美津くんと秀くん、その日休むの?」  浅葱と二人で店長に来週の花火大会の日は入れないことを伝えると店長は浅葱にそう言っていた。浅葱が何故自分だけ見るんだろうという目で俺と店長を交互に見たが俺が二人の間に入って店長を見つめると店長は直ぐに目を逸らす。  「あの、店長…?」  「み、美津くんが休みたいなら仕方がないよね、うん…。」  「俺、そんな壁のところにいませんけど。」  どこを見ているんだと言ってやれば店長はようやく目を合わせてくれたが「だってその日は週末だし花火大会あるし絶対忙しいじゃん!」とビクビクしながら言ってきた。おい、お前のほうがずっと年上だろ。その言葉と態度に俺はイライラしながら「去年、奥さんと祭り行くからといって忙しい日に3日も休んだのは誰ですか。」と言葉を返せば彼は「ごめんなさい!」と謝った。他の従業員がクスクスと笑っているのを構わずにスッキリした俺は「じゃあそういうことで。」と吐き捨ててから仕事に戻る。  「美津さん、本当に良かったんですか…?」  バイトが上がった後の控え室で浅葱とまかないを食べていると彼が不安そうな顔で俺に聞いてきた。俺がいなかったら浅葱は確実にその日は休めそうになかったな。  「1日だけだろ。それに俺とお前はその前日まで4連勤入ってるしな。」  「店長、あまりにもビビっていたので2日も休みを入れてくれましたけど…」  え、マジか。そう言いながら新しく出来上がったシフト表を見てみると確かに花火大会の翌日も俺と浅葱はシフトが入れられてない。これなら疲れて翌日出勤しなくて済むなぁ、助かった。まだ申し訳なさそうな顔を浮かべる浅葱に俺は彼の手からシフト表を取り上げた。  「気にするなよ。代わりに俺はお盆フルで入るからって言ったし。そもそも店長は去年も忙しい日に休み入れやがったからな。」  「それ、みなさんさっき笑いながら言ってましたよね。」  多少は気が楽になったのか少し笑みを浮かべた彼に俺は頷き、それから震えた携帯に目を向けるとどうやら木津からメッセージが届いたようだ。  『当日は最寄駅出て直ぐの公園前に集合になったから浅葱にもよろしく。』  浅葱に携帯を見せると彼は「僕と浅葱さんは一緒に行ったほうがいいですよね。」と言ってきた。まあ、そもそも俺と浅葱は最寄りが一緒だからな。木津の家の最寄りまでは4駅ほどしか離れていないが、当日は相当電車も混むだろう。『浅葱と一緒に行くわ。』と木津に返すと直ぐに『了解。』と届いた。  「花火大会、本当に楽しみです。木津先輩の家から花火が見れるんですか?」  「あいつはマンションは最上階に住んでるし、何よりクッソデカいからな。一人暮らしにしては広すぎというか。」  そもそもが一世帯で住むような高級マンションを親が買ってあげたというものだから裕福過ぎて何も言えない。中学時代からその裕福っぷりを知っているが正直もうマンションを買ったとか別荘買ったとかそういう報告を聞いても「そうか」と一言で返すぐらいには慣れてしまった。感覚が麻痺していると言ったほうが正しいかも知れない。  「確かにそういった裕福な雰囲気は昔からありましたけど、凄いですね。」  「うちの高校自体が基本裕福な生徒ばっかだけど、あいつは群を抜いてる。」  「木津先輩と本当に仲が良いんですね。」  前回の藤谷に嫉妬した件もあって少しドキリとして彼を見てみるも、どうやら今回は嫉妬していないようでいつも通りニコニコしている。まあ、木津は完璧にノンケだからな。俺も木津のこと友達としか見ていないし。  「…っていうか、お前も当日行くってことを他の奴にも言ったらみんなお前の事知っててビックリしたよ。本当に俺だけお前のこと知らなかったみたいじゃん。」  「ですから恥ずかしくて直視すら出来なかったんですって。」  もうそれについて触れられたくないのか、照れながらそう話す浅葱。けどなんだかズルいと思ってしまったんだよな。高校時代の浅葱は俺を知っているというのに俺は1ミリも知らないなんて。木津とも相当仲良かったのかみんなが浅葱の話をすれば大抵木津が出てくるわけだし。  けど、まあ俺は今のお前を知っているからいいよな。  心の中で自己解決し、それから俺はまなかいにまた手を付けることにした。  *  花火大会当日。昼すぎまでに課題やレポートを片付けてから昨日必死になって探した浴衣を着てみる。何かとつるんでいる彼らは夏になると必ず夏祭りに誘ってくるため、もう毎年のように着ているからか着付けはある程度調べなくても出来るようになった。藍色の生地に明るい灰白色の帯をこの浴衣は去年、新しく買ったのはいいものの結局はバイトなどが続いてしまって一度も着ることが出来なかった思い出がある。今年は着ることが出来てよかった。  髪の毛を整えてから帯と同じ色の巾着に財布やら定期やらと必要なものを詰め込み、それから浅葱と待ち合わせしている駅まで向かう。道中ですれ違った人の中にも同じように浴衣を着ている人がいて、これはきっと混雑するだろうなと考えていたら駅が見えてきた。浅葱はどこにいるんだろう。  改札前に着いてから手に持っていた携帯を取り出して浅葱に電話をかけると後ろからトントンと肩を叩かれ、振り返ればそこには浅葱がいた。うわ、かっこいい。  浅葱はどちらかといえばチャラい男が好んで着そうな派手な色の浴衣かと思えば意外にも黒地に藤色の帯という落ち着いた浴衣を着ている。元からカッコいいのに浴衣を着ているといつもと違った雰囲気が出ていて更にカッコよく見えた。  「うわぁ…!今日の美津さん男前ですね。」  「嫌味かよ。お前のほうがずっと男前だろ。」  浅葱と二人で改札をくぐり抜け、肩を並べながらホームで電車を待っている間もホームにいる女性たちは彼に注目していて、隣にいるのがなんだか少し恥ずかしく感じる。そりゃ、こんな長身のモデルと並んで歩いてたら平均身長の俺が情けなく映るのも仕方ない。  ちなみに浅葱はどうやら浴衣の着付けが分からなくて昨日知り合いのスタッフにお願いして教えてもらったとのこと。今日、早めに来れなかったのはどうやら着付けで時間がかかってしまったからと謝ってきた。そんな、遅刻といっても1分あるかないかぐらいだというのに。  浴衣を着た人達で溢れかえった電車に揺られて木津たちと待ち合わせした駅に着くと夕方前にも関わらず予想通り人が溢れかえっていて、ホームから改札を通るまでの距離だけでも既に大行列が出来ていた。公園前で待ち合わせとか言っていたが、これは彼らと合流できるのだろうか。すごい人ですね、なんて言っている彼がそっと俺の手を握ってくる。咄嗟に彼を見たが浅葱は「今だけ。」とか言うから俺はおとなしく彼に手を握られることにした。  まあ、これだけ混雑していれば手を握っているだなんて誰も気づかないだろう。あれほど行列を見てげんなりしていたというのに少しだけよかったと感じている自分がいた。  なんとか改札を出てみるとやはり警察や駅員が大混雑を防ぐために人ごみを誘導している。流れに任せながらなんとか駅を出ると浅葱は少し名残惜しそうに手を離してくれた。そんな顔するなよ、と言いながら俺は彼の頬をつねってから二人で公園へと向かい、割と直ぐに木津の姿を見つけたので一安心できた。  「お、美津と浅葱が来た。」  「ごめん、俺らが最後だった?」  「いや、松来が最後。電車が遅れてるとか言ってる。」  そういえば松来からそんな連絡届いたな。巾着の中に入ってた携帯を取り出して見るとやっぱり松来から遅れる連絡は届いていて、どうやらあと10分でこっちに着くらしい。「木津さんだけなんですか?」浅葱が木津にそう聞くと、木津は「他は飲み物とか帰りの切符とか先に買いに行ってる。」と答えた。  「っていうか、二人とも浴衣似合ってんな。美津のその浴衣初めて見るし。」  「去年バイトが重なったから買ったのに着れなかったんだよ。」  「ああ、去年言ってたやつか。」  木津は携帯を取り出して何か写真を漁り始めたと思うと浅葱に「これ、高3の美津の浴衣姿。」と見せ始める。浅葱は人が変わったかのように「え、わあ、美津さん」と目を輝かせながら木津の携帯を見つめた。俺も見えたその写真は恐らくちょうど綿菓子を食べている時に撮られたもので、なんとも間抜けな写真だ。そもそも高校の写真を何で今も持っているんだ。  「遅れてごめん!もう電車から降りるのすら一苦労だったしさぁ…」  それから遅れて松来がやってきて、他の奴らも戻ったところでみんなで屋台が並んでいる場所へと向かう。その間、予想通り浅葱は友人たちの連れてきた彼女たちに囲まれて質問攻めにあっていた。何で浅葱を連れて来たんだよ、と彼らに文句を言われたが逆に彼女連れてきたお前らが悪いと言い返してやった。  屋台もきっと人ごみ状態になっているんだろうなと覚悟していたが、まだ日も落ちていないからか駅の混雑と違ってまだ空いてる方だと思う。ただ単に俺の感覚が麻痺しているかもしれないけど。  とりあえず屋台を回っていくか、と最初はみんなで人の流れに合わせて屋台を見ていたが、やはり彼女を連れているからか次第にみんながバラバラになり、気づけば俺と浅葱と木津、松来の4人で回っていた。松来は「やっぱこの3人が落ち着くわー。」と言っていたが木津が「浅葱も入れてやれよ。」と突っ込んであげていた。  「美津、見て。綿菓子あるぞ。」  「俺そこまで綿菓子好きじゃないんだけど。」  さっきの写真の件もあるのか綿菓子の屋台を指さしながらニヤニヤしている木津にそう言葉を返したが、何も知らない松来は驚いた顔をしている。「え、だって美津、綿菓子めっちゃ好きだろ。」「は?何のこと。」やめろ松来、と心の中で祈りながらあえて何も知らない振りをしたが、それも長くは続かないようだ。  「え!?美津、毎年綿菓子とりんご飴を買うじゃん!」  そう大きい声で必死に隠そうとしていたことを言われ、隣で聞いていた浅葱が案の定、「毎年綿菓子と林檎飴を買うんですか?」と聞いてきた。  「そうなんだよ、浅葱。美津は逆に焼きそばとか食べずにそういう可愛いのばっかり買うからさ。可愛いよな!」  「はい、可愛いです。」  何でこうもお前は素直に可愛いとか人前で返すんだ。もうバレてしまったから隠そうとしても遅いわけで、俺は素直に彼らに笑われながらも小学生たちに混じって綿菓子を買うことにした。  「見てみろよ、あの美津の顔。本当は買えて嬉しいくせに嫌な顔の演技してるぜ。」  松来のその言葉に珍しく木津が笑い出し、よく見れば浅葱まで笑うのを我慢している。こいつら全員一回殴りたい。  「でも、僕も綿菓子とりんご飴が好きなので祭りに行ったら絶対に買います。」  「今更それを言われても全部嘘に聞こえる。」  柔らかい膨らんでる綿菓子の袋で浅葱の頭を軽く叩き、それからまだニヤニヤしている二人を連れて歩き出した。松来は浅葱と一緒に金魚すくいやら射的といった遊びをして、俺と木津は保護者のように後ろで見守っている。浅葱はあまりこういう屋台の遊びはしなかったのか俺でもつい笑っちゃうぐらいには下手だったが松来が彼にコツなどを教えるとビックリするぐらい上手になって驚かされた。  いつもは大人っぽいと感じていた浅葱が子供のように楽しんでいる。それだけで連れてきてよかったと思えた。  日が落ち、まだ花火まで時間はあるが、一旦みんなと決めた集合場所へと4人で向かう。既に綿菓子もりんご飴も買えた俺からすればもう大満足だ。  集合場所に決めたのは祭りの賑やかな場所から外れたスーパーの前で、大きな看板もあるから分かりやすいそこに向かうと他のみんなとあと2人の見慣れた姿が目に入った。  「お、きたきた。楽しんできたようだな、お前らも。」  全員の目がこちらに向けられると、その中にいた一人の女の子が俺に近づいて「美津くん!花火大会に来てたんだね。」と近づいてくる。その女の子とは髪の毛を綺麗に結い上げて、ピンクの可愛い浴衣を着た久野瀬で、その後ろにいたもう一人は同じく浴衣を着た藤谷だ。  「え?愛美と藤谷も祭りに来てたのか。」  木津が俺の代わりにそう聞くと、久野瀬は大きく頷いて先ほど屋台を回っていたら彼らと会ったのだと言う。もしかして、とは思ったが俺の悪い予想は当たったようで、「木津くん、私と悠斗も花火見にお邪魔してもいいかな…?」と木津の目の前で両手を合わせながらそうオネダリする。  久野瀬も同じ仲の良い高校時代の友人だ、おまけにその彼氏の藤谷と木津も1年の時に同じ授業があったから関わりはあるし普通に友人の関係にある。当然のように木津は「いいよ。」と答えた。  「本当?やった!今度お礼に何か奢るね。」  「突然ごめんな。」  「いいって。人増えた方が楽しいしな。」  確かに俺も二人と仲がいいけど、そもそもこの二人は最初からデートとして花火大会に来たわけなのにいいんだろうか。それに何より藤谷は平然と笑っているけど、本当は彼女と二人っきりになりたいんじゃないかって、そう心配している自分がいて素直に喜べない。  藤谷の彼女の溺愛っぷりは俺もよく知っている。そりゃ何度も藤谷の家に行ってセックスして直ぐに帰された人間だからな。  藤谷とセフレの関係にあたる自分が言えたことじゃないが、二人と一緒にいるといつも罪悪感で押しつぶされそうになる。それこそ藤谷と寝てしまった過去を消し去りたいぐらいだ。  「美津と浅葱も来てたんだな。つか、バイト休めたのか。」  「はい、なんとか休めました。美津さんが店長に交渉してくれたおかげなんです。」  ぼんやりとしていた俺を浅葱が「美津さん?」と名前を呼びながら肩に手を乗せてくれたおかげで我に返ったが、俺は「あ、うん。なんとか。」と適当な返事を返してしまった。それで藤谷が心配して「人酔いしたのか?」と不安そうな顔を浮かべたが、俺は慌てて「平気だから。」とだけ答える。本当は今にも息苦しさで戻してしまいそうだけど。

ともだちにシェアしよう!