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第18話

 先にスーパーで酒やつまみなどを購入してから近くにある木津のマンションまで向かう。徒歩数分ほどの場所にある、何度見ても立派すぎるマンションの最上階に彼の住んでる部屋があった。比べたら失礼だが、七瀬さんのマンションと同じぐらいの広さがあるそこは玄関入ってからしていろいろと違う。  こんな高級すぎるマンション、いや恐らく億ションに大学生が一人で暮らしているなんて。  「うわあ…何回来てもすげえなマジで。」  もはや言葉をなくしてしまうぐらい呆然とする一同だが、木津はなんてない顔で部屋の奥へと進み、それから更に広いリビングに通してくれた。リビングはどうやら隣の部屋との壁を動かせる構造になっているようで、もともとでも10人超えた人数で座るのに充分な広さだったのに、更に広くなったその空間はもはや30人が寝ころべるぐらいはある。付き合いの長い友達だけどなんだか改めて恐ろしく感じた。  「松来とかお酒飲むでしょ。作るの面倒じゃなかったら普通にボトル置いてあるから好きに飲んでいいよ。ワインセラーからワイン取ってくれてもいいし。」  「いや、木津…逆に高級すぎて飲めねえよ。」  彼が箱から取り出して並べたボトルはそれこそお酒の知識が人並みにしかない俺でも高級なのがひと目で分かるほど綺麗な箱に入ってたりラベルが貼られている。これを飲めという木津の方がなんだか残酷に思えた。  「いいよ、好きに飲んで。父さんが大量に送りつけてくるから逆に消費してくれると助かる。」  「マジでいいの?後で金額請求しない?」  「お前にはもう飲ませない。」  嘘だって、木津!と松来は木津にしがみつきながらそう謝り、その様子を微笑ましく見ながらみんながそれぞれの場所に座って買ってきたものを広げることにする。俺は木津と浅葱に挟まれ、向かいの席には藤谷と久野瀬が座っていた。何でよりにもよって目の前なんだろう。  「あー、美津はお酒あんま飲めなかったよな。チューハイぐらいならいける?」  そう言って木津は冷えた缶チューハイを見せてくれたが、まあチューハイぐらいなら飲めるだろう。「いける。」と答えてから俺はそれを受け取ることにした。まあ、ゆっくり飲めば大丈夫か。流石に人様の家で酔っ払った姿は晒せない。  「ヤバそうになったら俺か浅葱に渡せばいいから。」  浅葱もいいだろ?と木津が浅葱に聞くと、彼は「もちろんです。」と答えながら俺に微笑む。いや、そもそもお前まだハタチじゃないだろ。しかしまぁ、明るい部屋にいるからかその笑顔が救世主のように見えた。  「美津くんってお酒弱いんだね。ちょっと意外。」  そう話しかけてきた久野瀬の手に持っているそれはどうやらハイボールのようで、どうやら松来たちが作ったもののようだ。他の女の子たちは俺と同じチューハイといった甘くて度数の低いカクテルを飲んでいるというのに。  「一杯目からハイボールとか逆に久野瀬すげえな…。」  「お酒好きだからいいじゃん!女の子らしくない?」  「チューハイを選んだ俺のほうが女の子らしい。」  その言葉を聞いた瞬間、顔を逸らして吹き出すように笑い始めた藤谷と浅葱と木津にうるせえと暴言を吐く気力もなく、そもそもなにも言い返せない俺はこのチューハイだけは意地でも飲んで、絶対誰にも頼らないでおこうと誓った。本当、お酒が弱いと損しかしない。  ヒュー…と音を立てながらパン、と弾けた音が聞こえる。その音を聞いて全員が窓の方を見れば空には花火が綺麗に打ち上がっていた。「すごい、こんなにも綺麗に見えるんだ!」と女の子たちがキラキラとした目で見つめる中、俺もまた花火をジッと見つめる。  夜空にはやっぱり光る星が似合うと思うが、こうしてキラキラと輝く花火もまた綺麗で、その僅かな時間しか見れないことが本当に名残惜しい。  みんなが綺麗だと言っている中、ふと何か視線を感じて横を見ると浅葱は花火ではなく俺を見つめている。目が合って、彼はまた優しく微笑みながら『花火より美津さんに見とれちゃいました。』なんてクサすぎることを耳打ちしてきたから呆れた目で彼を見た。こんなセリフが似合うなんて、お前はずるいよ。  けど、そっとテーブルの下で彼の手を繋ぐ俺も人のことが言えないなと思った。  *  花火を見ながらそれぞれで駄弁ったりお酒を飲んだりして、ラストの何千発もの花火は今までの花火を超える迫力と大きさとその演出になんだか映画を見ているような気分になった。思わず鳥肌が立つほど綺麗なそれを、俺は浅葱の手をずっと握り締めながらただ見つめていたのだ。  約1時間かけて打ち上げた花火を全て見終わり、みんなが凄かったね、といったそれぞれの感想を共有する。何度もこの花火大会の花火を見ているが、本当に毎年鳥肌が立ってしまう。  ずっと浅葱と繋いでいた手を名残惜しいとは思うがそのまま解き、彼はそんな俺の髪を繋いでいた手でそっと撫でてきた。  それからどれぐらい経ったんだろうか、花火が終わってから本格的にみんなが飲み始め、少しずつ酔いが回り始めているのが分かる。突然、誰かの彼女が「王様ゲームがしたい!」なんて言い出した時には少しだが自分も酔いが回っていた。まあ、まだほろ酔いだから大丈夫だろう。  王様ゲームをするだなんて冗談だと思ったが、気づけば割り箸の代わりにトランプで代用して、言い出した女の子がそれぞれに一枚のカードを渡している。どうやらジョーカーが王様で、ジャック、クイーン、キングはそれぞれ11、12、13として数えるらしい。  カップルが普通にいるから何番と何番がキスとかそういう命令はナシで、代わりに指名された一人はみんなからの質問になんでも答えるとのこと。王様以外の質問は答えたくなくてもいいが、王様の質問には必ず答えなくてはならない。って、どう考えても浅葱を狙ったゲームじゃないか。  ちなみに俺の引いたカードは8番で、王様は見た感じからして既に出来上がっている女の子の一人だ。  「はい!じゃあ3番の人!」  女の子が指名した3番の人はどうやら松来で、同じように少し酒の入った松来は何故か嬉しそうに「なんでも聞いていいぞ!」と胸を張っている。王様含めた女の子達は笑いながら声を揃えて松来に「松来くんって童貞なんですか?」と聞いたものだから彼は小さな声で「あ…はい…」と答えた。さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。  「絶対お前らが言ったんだろ!」  予想はしていたが、どうやら松来が童貞という情報を提供したのは彼女たちの彼氏たちらしい。彼らもまた声を揃えながらあははと笑っている。「みんな酔ってるな。」そう小さい声で言ってきた木津に俺と浅葱は頷いた。まあ、楽しければいいか。  二回目に王様になったのは藤谷で、彼が指名したのは木津だ。木津も最初から狙っていたのか、女の子たちは藤谷がまずどんな質問をするのか食いつくように見つめている。  「んー、じゃあ木津っていま彼女とかいんの?」  まさにそれを聞きたかった!というかのように女の子たちが木津の反応を見守る中、彼は意外にも「いないよ。」とサラッと答えた。「え、マジか。絶対いると思ったのに。」「俺は一人の方が楽なんだよね。まだ友達と遊んでいたいし。」友達と遊んでいたい、その答えに俺は少し嬉しいと感じてしまった。木津は普段から冷めた性格だけど、本当は友達思いだというのを知っている。  振り返れば彼に相談事があるとき、木津は必ずと言っていいほど俺のことを何よりも優先してくれた覚えがある。  おまけにそのアドバイスも的確で、それで何度も助けられたりしたものだ。  「じゃあ好きなタイプは?どんな子?」  「俺よりも料理とか家事が出来る子。」  木津くん料理できるの!?と目を輝かせながらそう語る女の子。その様子を見つめている彼氏軍団はというと既に目が死んでいた。まあ彼女が自分の友人にこうも生き生きとした目を向けていたらこうなるよな。というか、木津のそのタイプって何気にハードル高すぎだろ。家事がプロ並に出来る男を満足させる女なんて果たして今後出てくるのか。  それからゲームが続き、そして何回目かした頃。王様は木津で、彼が指名したのはあの浅葱だ。  やっとお目当てが来たのか、彼女たちはまた目を輝かせながら浅葱を見つめる。その視線にはさすがの浅葱も苦笑いを浮かべていた。「お手柔らかにお願いしますね、木津先輩。」木津は口では「おう。」と答えたが、その顔はニヤニヤと笑っている。どんなえげつない質問を投げてくるんだろうか。  「浅葱はいま恋人いるだろ?」  心の準備をしていた浅葱だが、それを言われた途端に「え?」と声を漏らし、周りの女の子もまた少し期待外れといった目で木津を見る。浅葱が彼女いないのは出会ったときから既に質問済みだから二度聞くとは思わなかったのだろう。  「いえ、いません。」  浅葱は少し頭を傾げながらもそう答えるも、木津はまだ彼に詰め寄り、間に挟まれた俺はというと体を後ろに少し仰け反った。  「だったら何でキスマーク付いてんの?」  木津のその一言で、あれほど興味なさそうにしていた松来たちは人が変わったかのように浅葱と木津に目を向ける。木津が触れた場所、浴衣で隠れて見えないはずの首筋を見ると確かにキスマークがついていた。というか、付けた犯人である俺が驚くのもおかしいけど。  彼のそのキスマークは先週、藤谷に嫉妬した彼に俺がつけたもので、当然のように日が経つにつれて薄れていくそれを彼は昨日付けて欲しいと言ってきた。浴衣で見えませんから、なんて言ったが既に浴衣も着崩れしているから普通に見えてしまっている。  「え!?うそ、彼女いたの?」  嘘をつかれてショック、といった彼女たちだが、浅葱は木津にニッコリと微笑んだまま付けられた首筋を自分でもそっと触れる。その行動が色っぽく感じた。  「恋人はいませんが、これは好きな人に付けてもらったんです。」  「好きな人に付けてもらった?」  「はい。ちょっと訳を抱えている人なので、僕がその人と付き合うまでは誰ともそういう関係にならないという潔白証明のために付けてもらいました。」  浅葱の言葉に木津は納得していないものの、「ふーん。そっか。」と言うと興味をなくしたかのように酒を飲み込んだ。ほかの女の子からはまたどんな子なのといった質問が飛び交っていたが、浅葱は「王様の質問じゃないので。」と言って普通に躱した。  俺からすれば先ほどの浅葱と木津の間に挟まれて息もろくに出来ない状態だったが、ほっと息をつきながら口に運んだお酒に少し違和感を感じる。なんだこれ、と見てみると俺が持っていたのは向かい側に座っていた久野瀬のハイボールのようだ。  「あ、美津くんそれ…」  「うわ、ごめ…!」  慌ててグラスを置いて口を付けた場所をティッシュで拭き取るも、横に座っていた木津が「美津、飲んだの?」と顔を覗き込んで聞いてきた。「一口だけ。」とは言ったが実はそこそこの量を飲んでしまっている。これは後から来るかもしれないと思って念のため俺は席を立ち上がってキッチンの方に行ってから水を飲むことにした。  やばいな、既にほろ酔いだからもう飲むのやめようと思ったのに。水を飲む気分でグラスなんか掴んだのが悪いよな。  俺は既にふわふわとし始めている頭を抱えるように近くの椅子に座ると、心配して様子を見に来た木津が隣に座った。  「大丈夫?まだ水飲む?」  「うん…飲む。もう水しか飲まないようにする。」  木津は空いたグラスに水を注ぎ、それから俺に持たせると再び口の中に流し込んだ。ウィスキーの味は薄れたが、胸焼けの気持ち悪さはまだ微かに残っていた。けど大量に水を飲んだからか、さっきよりは少し頭がさっぱりし、俺は木津と共にみんながいる席へと戻る。  「美津さん、大丈夫ですか?」  心配そうな顔をしている浅葱の黒髪を軽く撫で、それから「平気。」と答えた。「美津もう酔っ払ったのか!」なんてゲラゲラ笑いながらバカにしてくる友人たちに「うるせえよ。」と返すぐらいの余裕はまだある。この後が怖いんだけども。  それから王様ゲームが再開され、ジョーカーを引いた王様はどうやら久野瀬のようだ。「えー、どうしよっかなぁ。」とほかの女の子とキャッキャしながら彼女はどの数字を指名するか迷い始める。やっぱり酔いが回り始めているのかみんなのその様子をぼんやりと見つめていると、ふと隣の木津が「美津。」と呼んできた。  「指名されたカード、クイーンだけど美津じゃない?」  「え?…あ、俺だ。」  木津に言われて自分のカードをめくれば確かにクイーンの絵が描かれていて、久野瀬は「やった!美津くんに聞きたいことあったんだよね。」と目を輝かせている。この中で目を輝かせているのってお前ぐらいなんじゃないかと思ったが横からも視線を感じたため、浅葱も久野瀬側の人間なんだと改めて思い知った。  「俺は美津に勉強法教えてもらいたいんだけどー。」  「松来だから答えなくていいよな。」  前のめりになって聞いてきた松来をそう言ってあしらってやれば、彼はなんでだよ!とツッコミながら文句を口にする。俺が指名されることによって空気が悪くなるんじゃないかって少し不安だったけど案外そんなこともないようだ。  「ねえねえ、美津くんって彼女いるの?いるっぽいから話しかけられなかったんだよね。」  あーわかる!と盛り上げる彼女たちに「彼女いないよ。」と答えるも、すかさず久野瀬が次に「好きなタイプは?」と聞いてきた。好きなタイプとか聞いてどうするんだよ、とは思ったが、ふと何かそれらしい言葉が思いつかなくて、そういえば木津が聞かれたときってどう答えてたっけ、と頭の中を巡らせた。  「おー、授業中の美津もこんな感じの顔してんな。」  「分かる分かる。1時間半もこの顔をどうやってキープしてんだよ。」  隣でそう言う木津と松来の言葉も耳に入らないぐらい悩んでいると、俺はようやく思い浮かんだ言葉を口にした。  「…束縛してくれる人。」  その一言で恐らく全員が「え?」という顔を向けてきたんだと思う。突然注目されて思わず俺がビックリしたが、あの浅葱と藤谷ですら驚いている。逆に俺が「え?何?」と彼らに聞いてみるも、久野瀬が言葉を続けた。  「じゃあ仮に、彼女が私以外の女の子と喋らないでって言ってきたらドキドキするの?」  久野瀬にそう言われて頭の中で直ぐその相手を男として考えた結果、「ドキドキじゃなくてゾクゾクする。」と答えるとみんながまた驚き始める。何で俺が答える度に驚いているんだよ。木津も驚きすぎて言葉を失っているようだ。本当、何で。  「美津くんってクールだからSかと思ったけど意外とMだったんだ!?」  久野瀬のその言葉で何故みんなが驚いているのかようやく理解し、慌てて俺は「まって久野瀬、俺そんなこと言ってない!」と言うもみんなは信用してくれなかった。なんてことだ。言葉を選び間違えただけでM認定されるとは。  けど今までの出来事を振り返ってみると、あれほど七瀬さんに傷つけられても一緒にいたことは事実だし、ましてやあんな別れ方をしたというのに未だに俺もまだ側にいるものだからMと言われても仕方がない。まさかこういう形で自分がMだと気づくことになるとは思わなかったけど。  「でも美津くんがM気あるとは思わなかったなぁ。」「だから違うって。」木津や松来ならまだしも、久野瀬にまでそういじられて、浅葱もそのやり取りをみてクスクスと笑っている。それから度々俺がMということをネタにされ、もうこれはどれだけ否定しても無駄だなと思った時には俺もはいはい、と言って認めるしかなかった。  * 浅葱目線  それからまたどれぐらい経ったのだろう。気づけばその場にいた何人かが酔いつぶれたのかそれとも眠気が限界だったのか眠ってしまい、自分を含めてまだ元気に酒を飲んでいるのは半分ぐらいにまで減っていた。ちなみに横に座っている美津さんもそろそろヤバそうだ。  「…美津さん。」  テーブルに頬杖ついてぼんやりと携帯を眺めていた彼をそっと呼ぶと、美津さんは俺に目を合わせるなりニコリ、と微笑む。きっと酔っ払っているんだろう、普段なら滅多に見れない笑顔だ。胸が高鳴るほど可愛いが、こうもいつもの美津さんじゃないとなんだか違和感でとても素直に喜べない。ちらりと美津さんの携帯の画面を見るとどうやら誰かとメッセージのやり取りをしているようだ。  あまり人の携帯を見る行為は好きじゃないが、見えてしまったやり取りの相手の名前に思わず固まってしまった。  “七瀬由紀”  ふとあの日の店での出来事を思い出し、彼の手に触れようとしていた手を止める。僕がそのまま固まっていると、美津さんは携帯の画面を消して、それから思いつめたような顔を浮かべていた。どんなやり取りをしていたのかは見ていない、むしろ見たくないが、美津さんの今の頭の中は彼のことでいっぱいなんだと思って途端に胸が締め付けられる。こんな近くに座っている僕のことよりも違う人のことを考えて。  少しだけ浮かれていた。もしかしたら自分は美津さんの一番近くにいるんじゃないかな、と。  僕と出会ってから美津さんは前のようにセフレと寝なくなったと言っていたが、その言葉は言い換えれば元恋人とはまだ寝ている。まさか、とは思ったが、彼の話してくれた元恋人というのは自分が尊敬してやまない小説家の七瀬由紀先生なんだろうか。  「浅葱。」  ふと名前を呼ばれ、目を向けるとどうやら自分を呼んだのは木津先輩のようだ。横で携帯を見ていた美津さんはというとそのまま木津先輩に寝かされたようで彼の身体には木津先輩の服がかけられていた。  「ちょっと、話をしに出ようか。」

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