22 / 34

第21話

 気づいたら浅葱とそのまま眠ってしまったようで、起きたら既にチェックアウトの1時間前になっていた。  二人でまた浴衣に身を包み、それから代金を支払ってホテルを後にする。その間、彼との会話は「おはよう」と「忘れ物は?」といった短いものばかりだ。  近くの駅から電車に乗り、自分たちの最寄駅まで向かう中で席に座りながら携帯を取り出す。浅葱の機嫌を取りたいのは山々だが、何より念のため木津に一言ぐらい連絡するべきだと思った俺は画面をつけた。  あ。と思わず声が漏れそうになる。  画面をつけて真っ先に出てきた画面は浅葱とのメッセージのやり取りをしている画面で、まだ送信していないメッセージがそこに表示されていた。  『迎えに来て』  いつこんなものを送ろうとしたんだろうとあの晩の記憶を巡っていくと、思い出したのはトイレの近くでうなだれていたときだ。確か七瀬さんからの電話をかけ直そうかと思ったけど、誰かにメッセージを送ろうとしていたところまでは覚えている。  横目で浅葱を見ると彼はぼんやりとどこかを見つめているようでこちらを見ようとしていない。同じ車両に乗ってる女の子達が「あの人カッコいいね」と言い合っていたりチラチラと彼に目線を向けているのまで見えて、俺はそのまま『送信』ボタンを押すことにした。  手に握っている携帯が震えていることに気づいた浅葱はチラリと画面を見るとそれから俺へとその目を向ける。頭を傾げているということは意味が分からないということだろう。  俺は浅葱に顎で携帯を指し、それからまたメッセージを送ることにした。  『昨日、お前に送れなかった内容。』  それを送ってから直ぐに浅葱は『昨日?』と返信を送ってくる。傍から見ればおかしいだろう、隣同士で座っているというのに携帯でやり取りをしているなんて。  『俺、トイレの近くでうなだれてただろ。その時、誰かにメッセージ送ろうとしてた。それがさっきのやつ。』  送信する前に浅葱が迎えに来たからもう送る必要なんてなくなったけど。浅葱はまたぼんやりとした目で携帯を見つめ、それから『嬉しいです。』と返事を送ってくる。  『美津さん、僕のこと呆れていませんか。』  『呆れる?何に?』  『頭の中では分かっているんです。美津さんはまだ元恋人のことを引きずってると。』  浅葱から送られてくるメッセージをドキドキと悪い意味で早く動く胸を押さえながら待つ。もし彼に別れを切り出されたらどうしようとか、やっぱり無かったことにしてくださいって言われたら…。  けど、浅葱から送られてきたそれはあまりにも意外なものだ。  『もっと美津さんに対して優しい言葉をかけてあげられたのにって起きてからもずっと後悔してたんです。』  浅葱としんみりとした話をするとき、彼はいつも俺のせいにしたりしない。  それこそ藤谷に対して嫉妬したときだって浅葱はすみませんって謝ったり、もっと美津さんに似合う人になりたいと言ったり。お前はもっと俺に対して要求したっていいのにといつも思う。それこそ、一緒にいるときは携帯見るなぐらいの束縛をしてくれたっていいのに。  『束縛しろよ。』  何を思ったのか俺は考えていたことをそのまま送っていた。  本当は続きを直ぐ送ろうと思ったが、耐え切れなくなったのか浅葱はこちらに目を向け、「あの、これって…」と少しだけ頬を赤らめている。それとほぼ同時に最寄駅についたため、俺は彼の言葉に答えることなく二人で電車を降りた。  「そのままの意味だよ。」  ホームを歩きながら出口を目指す。浅葱はまた詳しく聞きたいようだが、外でする話じゃないと気づいたのかそれから何も聞こうとせず、二人で浅葱の家まで向かう。玄関に入って直ぐ、俺は背伸びをして彼の首に腕を回しながらキスをした。浅葱は驚いたようだが、直ぐにそれを受け入れて一緒に舌を絡ませる。前も俺の家でこんなことあったな。  口を離してから浅葱と部屋のベッドに向かい、そこで座りながら彼に続きを話すことにした。  「お前はいつも美津さん美津さんって俺のことを考えてくれるけど、たまには束縛ぐらいしろ。」  「え…で、ですが、美津さんの負担に…」  「ならない。」  こちらを見ている浅葱の両頬に手を当てて、腹立つぐらいに好みのその顔と目が自分に向けられていることに胸が高鳴る。  「俺はまだ前の人と繋がっていることだけで既にお前にとって大きな負担を背負わせているというのに、これ以上お前に負担を負わせるわけないだろ。…もっと俺にワガママ言っていいよ。」  浅葱は驚いた顔を浮かべていた。そんな彼に腕を回して抱きつくと、浅葱は少し戸惑いながらも俺の背中に手を回してくれた。「…いいんですか…?」と聞いてくる震えた声。何で震えてるの、と思いながらも「いいよ。」と答えれば彼は苦しいほどに抱きしめてきた。  美津さん、美津さん、と何度も俺の名前を呼ぶ彼に浅葱、と名前を呼び返す。ああ、もう俺も彼も戻れないところまで来ているんだな、と再び思い知った。  浅葱、もしお前がこれから俺に「好きな人出来ました。」とか言ったらきっと俺は何が何でも離れないでとすがりつくだろう。  それぐらいお前はもう俺の心の奥に来てしまったんだから、もう戻れない。  それから浅葱と話し合った結果、とりあえず彼の前では七瀬さんと連絡を取らない、またお互いが何か悩んでいたらきちんと話し合おう、ということで落ち着いた。本当にこれだけでいいのか?と思ったが浅葱が嬉しそうに笑っていたためこれでいいんだろう。  浅葱はやはりまだ寝足りていなかったようで、話し合いが終わると直ぐに眠りについてしまった。ホテル出るまであまり話をしなかった理由は寝不足もあったらしい。  彼が寝不足なのは自分のせいでもあるため、俺は彼に早く寝ろと言って隣で同じように寝転ぶことにした。浅葱はまた嬉しそうに笑う。  それから眠りについた彼の寝顔をジッと見つめたり、寝返りを打つたびに布団をきちんとかけ直してあげたりと彼の様子を間近で見守り続けた。寝顔まで綺麗なのは本当にズルい。  そういえば、昨日の王様ゲームの時にタイプはどんな人かって聞かれて悩んだ末に出した答えが『束縛してくれる人』だったのを思い出した。  そりゃあんなみんながいる前で浅葱の顔と性格がタイプだなんて言える訳がないが、もしかして束縛してくれる人っていう答えはただ単に彼にそうして欲しかったから答えたのかもしれない。  本当、お前はずるいやつだ。  寝ている彼の鼻をつまんでやろうかと思ったが、俺はそのまま彼の頬をそっと撫でる。  彼の横で一緒に寝転がっているうちに俺も次第に睡魔が再び襲ってきて、ウトウトとしていると気づいたらそのまま眠りに落ちた。

ともだちにシェアしよう!