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第22話

 それから目が覚めたときには既に日が落ちてしまったのか、外が暗くなっていることに気づいた。あれ、どれぐらい寝てしまったんだろう。そう思って身体を起こすと隣で眠っていると思った浅葱がそっと俺の手に触れてきた。  「起きました?」  「…逆にお前も起きてたの?」  「はい。…美津さん、もうちょっとだけ抱きしめてていいですか。」  もうほとんど着崩れしてシワができてる浴衣の袖を彼がクイクイと軽く引っ張る。わざとそれをやっているのか分からないが、可愛いと思ってしまった俺は彼の上に覆いかぶさるように寝転んだ。重たくない?と聞いてみたが浅葱は嬉しそうに重たくないですと答えるから体から力を抜く。  「…晩飯、後で作るわ。」  「はい。お手伝いしますね。」  「あ、けどその前に服取りに行かなきゃ。」  流石に浴衣を着るわけにはいかず、ましてや浅葱の家には自分の服を置いているわけでもない俺がそういうと、浅葱は少し頭を傾げた。「僕の服を貸しますよ。」って、お前と俺の体格差を考えろ。そう言って彼の頬をつねると浅葱は痛そうな顔ですみませんと謝ってくる。その顔は絶対反省してないな。  このままだといつまで経っても離れないと思った俺はしばらくしてから浅葱と離れ、暗かった部屋に電気をつけて乱れた浴衣をもう一度直す。明日にでも洗濯回したほうがいいな、今年また着る機会があるか分からないけど。  「…今度は二人でお祭り行きたいですね。」  「は。」  「え…い、嫌でした?」  隣で浴衣から私服に着替える浅葱がそんなことを呟くものだから、俺は思わず素で声が出た。何で俺の考えていることを全部見抜いてくるんだお前は。たまたまだとしても怖すぎる。浅葱に「嫌じゃねえよ。行こう。」と言うと彼は嬉しそうに「はい。」と答える。可愛い。  じゃあ、美津さん待ちながら軽く下ごしらえとかしておきますね。  そう見送ってくれた彼に返事をし、それから浅葱のマンションを後にする。下ごしらえとか言っておきながら全部作っておきそうなんだけどな、浅葱の場合は。浅葱のマンションから歩いて5分も経たない場所にある1日と少しぶりの自分のマンションに帰り、エレベーターに乗り込む。  木津や松来から届いた昨日の写真を見ていると気づいたらエレベーターは目的の階に着き、巾着から家の鍵を取り出すとふと握り締めている携帯が震えた。携帯に目を向けると着信を知らせる画面には『結城』書かれていて、どうしたんだろうとは思いながらも電話に出ることにした。  「もしもし。」  『あ…もしもし、みーちゃん。』  「結城?なに、どうし……」  彼と電話しながら自分の部屋の前まで行くと、ずっと待っていたのか携帯を握り締めている結城と目が合った。  電話を切って「みーちゃん。」と俺を呼びながら結城は困ったように笑う。なに、その顔。っていうかどうしてここに?とりあえず「どうしたの?」と彼に聞いてみると結城は珍しく言葉に詰まったようで、何かを伝えようとしているけどそれが言葉として出てこないようだ。  外で話すのは近所迷惑になるため、一度結城を家に入れてから彼に何があったのか聞いてみることにした。  「…ちょっと、辛いことがあってね。本当は今日とかバイトあったんだけど休んじゃった。」  休むしかなかったというか…と呟く結城。少し長話になるかもしれないと思った俺は結城に断りを入れてから携帯で浅葱に『ごめん、ちょっと事情が出来て時間かかりそう。』そうメッセージを送った。浅葱からの返事が直ぐにないということは彼はまだ料理中なんだろう。  「バイト休むぐらいのことがあったのか。」  「まあ、うん…。流石に今の心境じゃバイトできないって思って。明日は流石に行かなきゃなぁ。」  確かにいつもの結城に比べたら元気がないし、よく見ると彼の目元は少しクマが出来ている。最近よく寝ていないんだろうか。  「家のこと、なんだけど。」  そう切り出した結城。それだけで何があったのか俺は少し察することができた。  いつだったか彼は『ウチはちょっと面倒な家なんだよね』とか『今時しきたりとかあってさ』と不満を漏らしていたのを思い出す。それだけできっと結城の実家はいわゆるきちんとした家なんだろうということは察することができた。  「俺は次男で、上に兄さんがいるんだよね。今まで跡継ぎとか全部兄さんがやるって決められてたから俺は逆に放任されてたというか。」  親から与えられた愛情なんてほぼ無に等しい、と結城は語る。  自分が次男だから最初から全て仕方のないこととして結城は受け入れてきたが、昨日、実家に呼び出されていきなり事態が変わったらしい。愛情いっぱい注がれて育った実の兄が結婚相手として紹介した相手を両親が突っ返し、それに対して兄が反発。絶縁だといってそのまま家を飛び出してしまったとのことだ。  もちろん兄のことは今後も探すが、見つからなかった場合としてお前が跡継ぎとなると両親に言われたらしい。  「もうずっと、俺が呼んでも返事すら返したことのないくせにいきなりそれ言われて納得できるわけないじゃん。だから無理だって言ったんだけど…」  途端に結城が顔を下げるものだから、俺は慌ててティッシュを何枚か取ってから彼に渡し、彼の横に座ってはその背中を撫でる。予想通り結城は泣いてしまったようだ。  いつもニコニコとしている結城が泣く姿なんて初めてみるため俺も少し釣られて泣きそうになったが必死に堪える。今は俺が彼を支えなきゃ、なんて勝手にそういう気持ちになって「もういいよ、無理して語らなくて。」とその背中を何度も撫でた。結城は「うん、ごめん…」と涙声ながらも頷いて返事をしてくる。  「…ごめんね、みーちゃん。」  それから結城が落ち着くと彼はそう礼を言ってきた。特に何かした訳でもないが、結城が少しでも元気になったのならこれでいいだろう。  「すごい頭の中がグチャグチャになって、どうしてもみーちゃんに会いたくなって押しかけちゃった。」  「お前が落ち着いたのならそれでいいよ。」  今日はもう帰ってゆっくり寝ろよ、と彼に言うと結城は嬉しそうに頷いた。「みーちゃんの浴衣姿も見れたし、話も聞いてもらえて嬉しかった。」玄関で靴を履いた彼は来たときと違ってそれなりに笑っている。心から笑っているようにも見えるから俺も少しは安心した。  「また明日バイトでね。」  そう笑って手を振る結城に俺は、おう、と返事をしてから彼が扉を閉めるのを見届ける。足音が遠ざかるのを聞こえてから一度扉の鍵をかけて早く着替えて浅葱のところに行こうと部屋へ戻った。  結果的に40分ぐらいかかってしまい、携帯を見てみると浅葱はどうやら既にご飯を作り終えて待ってくれているようだ。着信も入っていたということは心配してくれていたのだろう。  浅葱のマンションへと再び向かって彼の部屋に入ると浅葱はリビングで出来上がった料理を並べながら呆然と考え事をしているようだ。そっと近づけば顔を上げて「おかえりなさい。」と笑顔で出迎えてくれた。  「遅れてごめん、ちょっと友達が家まで来てて話とか聞いてたから…」  「そうだったんですね。」  何故か浅葱のその返事に少しだけ違和感を感じる。ただの勘違いならいいが、普段と違って素っ気ないというか作り笑顔のように感じた。けど、どうやらそれは俺の勘違いだったようで、浅葱は「早くご飯食べましょう。」と今度はいつもの笑顔を浮かべていた。  浅葱の手料理を食べてお風呂にも入って、それからまた同じベッドに入る。いつもの彼との時間を過ごしていくうちにあの時心に感じた違和感は気づいたらもう気にならなくなっていた。  *  翌日、教室に入ると木津が一人先に来ていたようで松来の姿がなかった。  「おはよう。」  木津にそう挨拶すると木津はやけに不機嫌な顔で「…昨日連絡したのに無視しただろ。」と言ってくる。無視したっけ、と昨日の出来事を考えると確かに電車内で木津に軽く連絡を返したが届いた返事を見ていなかったことを思い出した。そういえば昨日はあまり浅葱の前で携帯を触らなかったからか。  「ごめん、きちんと説明するから…」  「まぁ、その様子じゃきちんと浅葱から話を聞いたみたいだしな。」  少し呆れたようなため息をついた木津だが、微かに微笑んでいる。やっぱり察するのが早い。俺は彼の隣の席に腰を落とし、「うん、きちんと聞いた。」といえば木津は俺の頭を撫でてきた。突然の行動に少し驚いたが、撫でられた彼の手が暖かかったから俺はそれを受け入れる。ちょうど松来が来て、「え、なんか俺抜きで仲良くしてるんだけど。」と少し拗ねられてしまったが、木津と松来、彼らが友達で本当に良かったと改めて心からそう感じた。  木津とは大学の授業が終わったあとに喫茶店でもう一度きちんと自分がゲイだということや七瀬さんのこと、浅葱のことなどの話をした。木津は嫌な顔ひとつせず全部黙って聞いてくれて、話し終えたあとに言われた言葉が「スッキリした。」だった。木津もきちんとした確信がなかったためにいろいろと俺について心配してたらしい。本当に申し訳ない。  「まあ、人間関係は難しいしそんな直ぐに解決できる話でもないからな。」  「…ありがとう。」  「いいって。むしろ話をしてくれたことに俺は感謝してるから。」  言葉では言い表せられないほど木津に感謝している。もっと俺が早く心を開いていたら良かったというのに。  そんなことを考えていたら木津は何かを思い出したように「そういえば」と口を開き、俺は彼の言葉に耳を傾けることにした。  「あの後、藤谷と久野瀬の二人と連絡取ってる?」  「藤谷と久野瀬?別に取ってないけど何かあった?」  木津は少し頭を抱えながらそうか、とだけ返事をすると少し思いつめた顔で何があったのか話し始める。どうやら俺と浅葱が木津の家を出て行く前、二人は既に木津の部屋から出ていったらしくその姿は見えなかったそうだ。きっと先に帰ったんだろうと木津は深くまで考えず、『また遊びに来いよ。』とだけ二人にメッセージを送ったがその返事が未だに来ないんだそうだ。それも同じ学科のやつに聞けばあの日から誰も二人と連絡が取れないらしく、大学も今日は休んだとのこと。  「俺が心配性なだけならいいが、少し気がかりでさ。基本二人とも連絡はきちんと返すから気になってしまって。」  確かに言われてみればあの藤谷が誰かからの連絡を無視するとは流石に俺も気になる。俺も気がかりに感じて携帯を取り出して一度電話をかけてみることにしたが藤谷の携帯は電源が入っていないようだ。念のため木津が心配してるといったメッセージを送ってから携帯をまたカバンの中に入れることにした。  「今日バイトあるから店長に何か知らないか聞いてみるよ。」  「頼むわ。俺も久野瀬の周りの知り合いに何か知らないか聞いてみる。」  それから木津とその話題は口にせず、俺のバイトの時間が来るまで一緒に互いが作ったレポートをチェックしたり、松来に何となく電話して仲間はずれだと怒られたりして楽しい時間を過ごしていた。今はまだ木津にしか打ち明けていないが、いつかは松来にも打ち明けることができたらなと思う。  木津と駅で別れてバイト先へと向かう電車に乗り込む中、ふと昨日結城が泣いていたことを思い出した。元気になっているんだろうか、今日のバイトは来ているんだろうか。あれほど結城のこと犬だとか心の中で何度もウザいと感じながらも結局はこうして彼のことを心配している自分が居る。今日のバイトのシフト表をもう一度携帯で確かめてからそのまま目的地まで電車に揺られることにした。

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