浅葱からのメッセージを既読無視してから彼からの連絡も届かず、それで落ち込むかと思いきや意外と気にしていない自分がいることに驚いた。 　恐らく課題に取り組んでいたり授業で必死だったりと気にしている暇がないからだろうけど、何よりも俺自身が彼のあの言い方にイラッとしたからだろう。浅葱との連絡が絶えた一方で藤谷と結城からの連絡が頻繁に届くようになっていた。 　結城は元から連絡をたくさんくれる方だったが、藤谷に関してはあの日のことを何度も謝られている。 　今はテストのこともあるし、俺は謝られる理由もない上にそれを決めることもまだ出来ないから以前のようなセフレではなく友達でいようと伝えた。久野瀬にも返事が出来ないことと友達でいようと伝えていて、二人は俺のその曖昧な返事に怒るかと思いきや嬉しいと返してくれたのだ。 　ちなみに木津にも今はそれでいいと思うよと言われている。 　今週はテスト勉強に加えて小テストもいくつかあった為、ラストまでバイト終えたあとも勉強して睡眠時間２時間で大学に向かったりしていた。そんな生活を３日、４日と繰り返していたら木津に「きちんと寝ろ。」と怒られてしまったけど。 　これも金曜日になれば開放される。金曜日は授業が午前中のみでおまけにバイトもない。死ぬほど眠れる。それだけを楽しみに今週は頑張ってきた。 　…例え教室の移動で浅葱とすれ違って無視されても、目線すら合わなくても平気でいられた。気にしていないと自分に嘘がつけた。 　「うわああ！小テストやべえ！」 　「松来、低い点数を取ったのなら声を下げて落ち込みなさい。」 　返ってきたテストの点数に声を上げてしまった松来を教授はそう注意し、注意された松来にクラスメイトたちはあはは、と笑っている。松来は今回それなりに頑張ったつもりだったらしいが、結果的に何故かいつもより低い点数を取ってしまったようだ。木津が松来の手にあったテストを見て「お前、慌てすぎだろ。解答欄ずれてる。」と言った。確かに解答欄ずれていたら意味はないが、それさえなければ高得点間違いなしだったようだ。 　俺も自分のテストを教授から受け取り、教授は「ここは引っ掛け問題だったがよく出来たな。」と一言褒めてくれた。嬉しいが、正直やりきった感がいっぱいであまり素直に喜びの感情が出てきてくれない。テスト用紙を持ったまま俺も松来同様そのまま自分の席で倒れるように机の上に頭を預けた。 　「なあ、俺の横に死体が二つあるんだけど。」 　「……一本の棒と二つの丸を貰うために僕は頑張りました。」 　「嫌味か。はいはい、満点ですねー。美津くんよく頑張りましたねー。」 　だから俺に答え見せて、と自分だってそれなりの点数を取っているのに木津は俺の手からテスト用紙を取っては答えを写し始める。その様子をぼんやりと見ながらこのまま眠れそうだな…と思ったが教授が「じゃあ期末の範囲をもう一度確認するぞ。」というものだから無理やり体を起こして教科書のページをめくることにした。 　「俺と松来は飯食いに行くけど、お前はもう帰って寝たほうがいいな。」 　「美津、俺も死にたい。」 　「やめろ。美津とお前じゃ死ぬ理由が違う。」 　勝手に死ぬ前提で話を進めて欲しくないが、二人の言葉に俺は頷き、「今日はもう帰って寝るわ…」と答えた。松来は俺の頭を撫で、「美津は頑張り屋だなぁ。」と言うものだからその言葉だけで今までの努力がすべて報われたようなそんな気分になる。松来が俺を撫でてくるなんて珍しいが、木津に「どうせ頭撫でて少しでも知識を分けて欲しいと思ってんだろ。」と言われると松来は「うわ、バレた。」と笑った。 　二人に手を振ってから違う方向を歩き出し、とりあえず大学の最寄り駅まで頑張って歩いて電車に乗って…なんとか寝過ごさないように気をつけなければ。とそんなことを考えていたら曲がり角で誰かにぶつかってしまったようだ。「すみません」と謝りながらぶつかって痛む肩を押さえるとその人は「美津？」と俺の名前を呼んだ。 　「美津がフラフラしてるなんて珍しいな。風邪か？」 　「…寝不足だよ。」 　俺がぶつかった相手は藤谷で、正直会ったら気まずくなるだろうなと思っていたが意外にも彼はいつも通りの様子だ。きっと俺が友達の関係でって言ったからだろうけど。 　藤谷は本来なら午後の講義も入っていたが、どうやら教授の都合によって休講となったらしい。藤谷も帰る予定だったらしく、二人で大学を後にしてから電車に乗ると隣の席に腰を落とした。彼に今週の生活がどれほどハードだったのか教えると「美津って頭いいのにバカなんだな。」と言われてしまった。あの藤谷にバカって言われるなんて。 　「うるせえ。これから帰って寝るから。」 　「けど、そんなフラフラな状態で帰れんのか？」 　また別の人にぶつかるかもしれないだろ、と藤谷がやけに心配しているように感じるのは気のせいだろうか。「…意地でなんとかする。」と言ったが、本心は俺も心配だ。そんな俺の様子に気づいたのか藤谷は「家まで送るよ。」と言ってきた。いいって、いや送るよ、だからいいって。そんなやり取りをしていたが言い返す気力すら無くなってしまった俺はやむを得ず彼の言葉に甘えることにした。 　藤谷と共に最寄り駅で降り、駅から家までの短い時間も藤谷はずっと俺の様子を伺いながら「ちゃんと寝て起きたら飯食えよ。」と木津みたいなことを言っている。うんうんと言葉を返し、それからようやく我が家まで辿り着くと俺は藤谷に礼を伝えた。 　「送ってくれてありがとうな。」 　「おう。ちゃんと休めよ。」 　そういや、前も二日酔いで死にそうになっていた時に送ってくれたなぁと少し前のことを振り返っていたら、ふと藤谷はいきなり俺の部屋に入ってきてそのままギュッと抱きついてくる。あまりにも突然のことにろくな抵抗出来ず、その力もない俺は「え、なに。え？」と情けない声しか出せない。いや、待てよ藤谷。お前には彼女が…って思ったがもう藤谷は彼女がいないんだった。 　彼は抱きついてきたがそれ以上は触れてこず、暖かいその体温に思わず眠ってしまいそうになったところでようやく離してくれたのだ。 　「…ごめん、今だけ外国人になった。」 　「……は？」 　「だからハグぐらいなら友達でもセーフに入る？」 　最初は何を言っているのか意味が分からなかったが、藤谷もやはりあの日に俺が言った『セフレではなく友達として』という言葉を気にしているようだ。途端に笑いがこみ上げ、「お前こそバカ素直なんだな。」とつい笑ってしまった。藤谷も当然だろと笑っている。 　「本当に美津が好きなんだから、きちんと約束守って信頼を得たい。」 　その言葉を聞いてからは笑いが止まったが、藤谷も藤谷なりで頑張っていることは俺にもきちんと伝わった。思わず言葉に詰まっていると「困らせるために言ったわけじゃないから今の独り言な。」と藤谷は困ったように笑ってそれから玄関のドアを開ける。 　「じゃあまた。廊下で寝んなよ。」 　「寝ねえよ。…また連絡する。」 　藤谷はそれを聞いて嬉しそうな顔を浮かべるとそれからドアを閉めて帰っていった。藤谷ごめん、と心の中で一度謝りながらドアの鍵をかけ、それからフラフラの状態で寝室まで行くと着替える気力もなく荷物だけ適当に置いてからそのままベッドに倒れた。 　睡眠不足からか貧血も起こしていたようで吐き気も少しあるが、横になっているうちに眠気の方が勝ち、それから俺はそのまま意識を手放して眠ることにした。 　＊ 　起きたとき既に時刻は午後１０時になっていて、慌てて携帯をみると結城から『みーちゃん、今どこ？』という連絡がタイミングよく来ていた。どうやらちょうどみんな店を閉めてそのまま近くの居酒屋へ向かおうとしていたらしく、俺は『今起きたから直ぐ向かう。』とだけ返信した。慌てて着替えてから少し寝癖のついた髪を整え、歯を磨いたり顔を洗ったりと身支度を終えてから必要な財布と携帯と鍵だけ持ってそのまま家を出た。 　『みーちゃん遅れてくるってみんなに伝えておいたよ。』 　電車に乗り込んで結城から届いたメッセージにありがとうと返し、それからまだ少し寝ぼけている頭を抱える。まさか本当にあんな時間まで爆睡してしまうとは思わなかった。携帯の目覚ましをかける気力すらなかったからなぁ。 　少しだけ期待してトーク一覧の画面を見てみるも浅葱から連絡は届いていなかった。それに対してまた少しイラッとしたが、そもそも既読無視している俺が言えたことじゃないからこの怒りは飲み込むことにする。代わりに藤谷からは『起きたら飯もちゃんと食えよ。』と届いていてそれに対して『さっき起きた。』と返信を返した。 　電車に揺られてからバイト先の最寄り駅に着き、みんながいる居酒屋へと入ると店員に案内された座敷に着いた。靴を脱ぐ前にちらりと中の様子を見ると既に盛り上がっているようで店長は浅葱の肩を組んでは楽しそうに笑っている。浅葱だって楽しそうだ。まあ、浅葱の歓迎会な訳だから楽しいはずだろう。 　靴を靴箱に入れてから座敷に入ると俺に真っ先に気づいた店長が「あ！美津くん！」と指差してきた。人を指差してはいけないと学ばなかったのか。全員の注目の中、「遅れてすみません。」と言うと店長は「本当だよ！寝坊ってどういうこと！？」と怒っている。もちろん本気で怒っていない様子なのは見て取れた。 　結城と店長の間の席に座り、「最近授業が忙しくて。」と言うと彼は何故か浅葱に泣きつく。 　「もー美津くん俺のこと嫌いになったから飲み会来ないのかと思ったし…」 　何で開始１時間足らずで酔っているんだこの人は…。もう無視しようと決めた俺は結城からメニューを受け取り、適当に店員に自分の食べたいメニュー２品とピーチウーロンを１杯頼んだ。結城に「え、ピーチウーロン？可愛い。」と言われたが実は木津の家で飲んだピーチウーロンが本当に美味しくてもう一度飲みたい気分になったのだ。もちろん木津の家で作ったものとは違うだろうけど。 　「美津くんもビール飲めるようになろう？」 　「俺がビールを飲む日が来ることは絶対にありえないです。」 　「えー！けどピーチウーロンって女の子みたいじゃん。」 　それに関しては自覚はあるが仕方がない。ピーチウーロンが飲みたい気分なんだから。 　「…大丈夫ですか？」 　突然、浅葱がそう聞いてくるものだから俺は一度だけ目を向けるも直ぐに目を逸らし、「おう。」とだけ返した。本当無愛想で意地っ張りな性格だとは分かっているが、まだ浅葱に対してイライラしているのが事実だ。っていうかチラリと見えた彼はどうやらビールを飲んでいたようでジョッキを握っていた。お前まだ未成年だろ。 　料理よりも先にピーチウーロンが届き、店長が「はい！じゃあみんなグラスとジョッキ持ってー！」と声をかける。店長は浅葱に一言みんなに言うように伝えると、彼は少し悩んでから「こちらの店舗で尊敬できる先輩方や店長とお仕事が出来てとても嬉しいです、これからもよろしくお願いします。」と簡潔に話した。女の子のうちの数人が「こちらこそー！」と野次を入れていたが、浅葱はニコニコとしている。 　「じゃあ秀くんがこれからもうちの店舗でも尊敬する先輩方と尊敬できる店長と共に成長できることを期待して…」 　乾杯！と全員がグラスを鳴らした。ピーチウーロンを一口飲んでみると木津の家で飲んだものとは若干風味は違うが、やはり飲みやすい。全員が一口飲んだところで拍手をし、こうして改めて歓迎会が開始されたのだった。 　歓迎会が開始されて１時間半経った頃だろうか。１杯だけとか言いながら結局は２杯、３杯と飲み進んでいった。結城も早く帰りたがっている様子ではないため、気づけばこうしてズルズルと時間を過ごしている。思っていたよりもピーチウーロンが美味しかったのと同じバイト仲間の男の一人が別の大学で天文学を学んでいるらしく、二人で授業の内容で盛り上がっていた。話していくうちに気づいたのだが、どうやら彼は松来と友達のようで、松来から大学での俺のことは何度も聞いていたらしい。 　「美津さんって話してみるとイメージが変わりますね。今日とかこんなに盛り上がるとは思いませんでした。」 　確かにバイトの俺と普段の俺は自分からすれば態度に大差はないが、やはり他の人だと感じ方が違うようで木津も同じことを言っていたのを思い出した。 　「…まあ、うん。仕事はどうしても気を引き締めちゃうから話しかけづらいとは思うよ。」 　「でも、今日で美津さんが本当はいい人だって知ることができて良かったです。」 　この性格は損ばかりしているな、とは思ったが今更意識して変えようとしてもいいのか分からない。俺が思わず黙り込んでいると隣に座っている結城が「みーちゃん、終電何時だっけ。」と聞いてきて時計を見てみるとそろそろ終電の時間が迫っていた。 　「もう帰る？」 　「うん。明日もバイトあるもんね。」 　二人で店長にそろそろ帰ることを伝えると店長は残念そうな声を上げたが、「また飲み会に参加してね。」と言ってくれた。今日は普通に楽しかったし、ピーチウーロンなら飲めると知ったから結果的によかったと思う。はい、と返事をしてから結城とみんなに別れを告げて靴箱から自分の靴を取り出して履く。会計はどうやら店長が出してくれるらしい。 　楽しかったね、なんて話をして店を出たあと駅に向かい、そこから電車に揺られて俺の家まで向かう。結城は主に店長と浅葱と女の子数人でそれぞれの話題で盛り上がっていたらしい。 　俺の家に着くと結城はなんだか懐かしそうな顔で「久々！」と言っていた。久々と言っても先週、先々週の話じゃないか。 　けど俺の家に着いたとはいえ、流石に今日はセックスする気力がないと伝えると結城は少し残念そうな顔を浮かべたが、じゃあ一緒に寝ようと言ってきた。というか俺とバイトの子が話していた内容も少し聞いてたらしく、俺が最近睡眠不足だということを知ってベッドの上で寝転びながら携帯を触っていると「早く寝て！」と怒られてしまった。 　確かに明日はバイトもあるし早く寝たほうがいいなと思った俺は携帯をそのまま充電器に挿してそれから再び眠ることにした。 　浅葱からの連絡は、届いていない。