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第8話

路上には桜の雨が降っている。 4月のはじめ、凪沙は忌引きで学校を休んだ。 最期の瞬間は驚くほど静かで。 時雨は凪沙と2人きりになりたいと言って、ありがとうとこぼしながら凪沙の腕の中で息を引き取った。 ‘君と時雨がどんな関係かはわからないが、あんな風に笑う時雨を、初めて見たよ。ありがとう。’ 火葬場で、時雨の兄にそう言われた。 ‘あいつはどんなに辛い時でもいつもヘラヘラしていて、お面をつけたようにそれを崩さなかった。でも君の前では全く違う表情をしていたから。’ 時雨が亡くなったあと初めて涙が出たのは、水をやるために時雨の家の庭を訪ねた時。 もともとここは時雨達の実家で、しかし両親が亡くなり兄も結婚して、結果時雨だけが残って住んでいたらしい。時雨の兄は当分壊すつもりはないからと言い、凪沙に鍵を預けてくれた。 時雨のいないこの場所がこんなに寂しい所だったのかと驚いて、そうしたら涙がこぼれてきて。 それからしばらく、ただ彼の温もりを探して時雨の家に入り浸った。でも、それも疲れてきて。 毎日、春になっても花が咲かない謎の木に水をやった。枯れてしまったかもしれないと不安になりながら、それでも蕾は付いていたから。 …時雨さん、寂しいよ。 髪は黒く戻し、クラス替えに合わせてたくさんできた友達とは仲良くやっている。 なのに心にぽっかりと穴が開いたままでいる。 5月の初め、風はまだ冷たい。

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