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第12話 慣れろ慣れろオレ

それから――。 シフトもかぶらなくなって、明日美ちゃんと会うこともなくなり、オレの心の平安は保たれた……とはいかなかった。 灰谷の生活は少し、いやオレから言わせればかなり変わった。 「ワリぃ、今日も先帰ってて」 放課後、相変わらずちょっとだけ申し訳無さそうな顔をして、灰谷がオレにチャリのカギを渡す。 「おっ、今日も彼女と同伴出勤?熱いね焼けるぜピューピュー」 佐藤がさっそくからかう。 「同伴とか言うな。しょうがねえだろ」 「んで、最近どうなのストーカーもどき」 「ん~、まあ今んとこ大丈夫そうなんだけど。つうか極力一人にならないようにしてるから」 灰谷は一日置きくらいに明日美ちゃんと会っていた。 デートもあるし、バイトのある日は迎えに行って、そのままコンビニでいっしょに働き、帰りは家まで送り届けてる。 その時は歩きだから、オレにチャリを貸してくれるんだけど……。 灰谷が明日美ちゃんと付き合いだしてすぐにちょっとした事件が起きた。 その日、バイトのなかったオレと灰谷はいつものように学校帰りにオレんちでダラダラ過ごしていた。 「灰谷ぃ~メシ、オムライスでいいかって母ちゃんが……」 トイレから部屋に戻ると灰谷が誰かと電話中だった。 「はい。それで高梨さんは?……はい……わかりました……ええと、そしたら十分くらいで……はい……」 なんだか様子がおかしい。 「灰谷、どした?」 「んあ~なんかね、高梨さんがバイト帰りにちょと怖い目に合ったみたいで」 「え?」 「店長から電話で。いま店にいるらしいんだけど。怖がってるから来てくれないかって。オレちょっと行ってくる」 「オレも行くわ」 「ああ。助かる」 チャリにタンデムして向かった。 店のバックルームに入って行くと明日美ちゃんがうなだれてパイプ椅子に座っている姿が見えた。 「高梨さん」 「灰谷くん……」 明日美ちゃんは灰谷を見るなり、顔をクシャクシャにした。 「怖かったね」 灰谷は明日美ちゃんの頭を撫でた。 明日美ちゃんの目から涙がポロポロとこぼれた。 灰谷が軽く抱きしめて明日美ちゃんの背中を撫でる。 明日美ちゃんが灰谷の胸に顔をよせる。 女と寄り添う灰谷……。 明日美ちゃんの目にオレは映っていない。 きっと灰谷にも。 完全に二人の世界だ。 彼氏、彼女……。 オレはただただ突っ立って二人を眺めているしかなかった。 目にした現実はあまりに強い。 オレの胸はチリチリ痛んだ。 気づけばオレと同じように二人を眺めている女の子が明日美ちゃんのそばにいた。 目が合うと軽く会釈されたのでオレも返す。 「あ~灰谷くん来た?真島くんも」 顔を出した店長が状況を話し始めた。 明日美ちゃんは両親の帰りが遅いのでバイト帰りに高校の友達とゴハンを食べに行く約束をしていた。 近くに着いたと連絡が入り、明日美ちゃんが一人で向かっている途中で男に声をかけられた。 そいつは例の、近くに引っ越してきたと言っては明日美ちゃんに親しそうに話しかけ、中々お金を出そうとしなかったあの客だったそうだ。 店のお客さんなので明日美ちゃんも始めは当たり障りなく対応していたらしいのだが、そのうちに「家はどこか」とか「このあとゴハンを食べに行かないか」などとしつこく話しかけるので、「友達と約束があるので」と断ったら、急に腕を掴まれ路地に連れこまれそうになった。 幸い明日美ちゃんの友達が気づいて大きな声を上げたので男は逃げ、大事には至らなかったらしいのだが。 「いやあ~飛びこんで来た時はビックリしたよ~。明日美ちゃんもお友達も泣いてるし」 店長は明日美ちゃんの話を聞いて、警察に届けたほうがいいと勧めたらしいのだが、両親の留守中に大ごとにしたくないと当人が言うし、かと言って女の子達だけで帰すわけにもいかない。 それで灰谷に電話をしたとの事だった。 明日美ちゃんの場合、声をかけられたり跡をつけられたり、とかは今までにも結構あったらしいのだが、直接手を出されたのは今回が初めてだったので、とても怖かったらしい。 まあそりゃそうだよな。 何事もなくて本当に良かった。 とりあえずその日は灰谷が明日美ちゃんを家に送って行き、親が帰ってくるまでいっしょにいて、オレは明日美ちゃんの友達を家まで送ることになった。 灰谷の自転車の後ろには明日美ちゃん。 「結衣、今日はあたしのせいでごめんね」 「ううん。大丈夫。明日美のせいじゃないよ」 「真島くんも来てくれてありがとう。結衣をよろしくね」 明日美ちゃんは健気にも笑顔を作る。 「うん」 「んじゃ真島、あとで電話する」 「おう」 灰谷の腰に回される明日美ちゃんの腕。 チャリが遠ざかる。 オレはあんな事、したくたってできないもんな……。 特等席は簡単に奪われてしまった。 まあ、そりゃ……そうか。 「結衣ちゃんだっけ?帰ろっか」 「はい」 明日美ちゃんの友達はショートカットでスラリとしてボーイッシュなそれなりにカワイイ子だった。 あんなことがあった後だし、怖がらないようにと思ってなるべく話しかけるようにはしてみたが、明日美ちゃんのことがショックだったのか、もともと大人しいのか、自分からはほとんどしゃべらなかった。 そんなこんなで。 それ以来、当分の間、明日美ちゃんはなるべく一人にならないほうがいいだろうとの事で、外に出る時、特に夜は親とか明日美ちゃんの友達とか灰谷がなるべくいっしょに行動するようにしているらしい。 必然的にオレが灰谷といっしょにいる時間は大幅に減った。 淋しくないと言えばウソになる。 でも、しょうがないよなとも思う。 思うようにしてる。 そういうもんなんだろう。 ♪~ 灰谷のスマホが鳴った。 画面を確認すると灰谷は席を立った。 「ワリぃ、オレ行くわ」 「よっ、同伴がんばって」 ヤジを飛ばす佐藤に無言で中指を立てて、オレの肩をポンポン叩いて灰谷が出て行く。 なんだよ肩ポンポンって。 スネるなってか? 「あ~彼女欲し~い。中田~杏子ちゃんに紹介してもらってくれよ~」 「ま~た始まった」 灰谷は訊かれれば答えるけど自分から明日美ちゃんの話はしない。 オレに気を使ってるのかテレなのかなんなのか。 多分両方だけど。 そこに救われてるっていうか……。 慣れろ慣れろオレ。 なんとかなっていた。 なっていたはずだった。

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