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第30話 恋情

冷蔵庫の裏からドリンクの補充をする。 「ありがとうございました。またお越しくださいませ」 レジに立つ灰谷の声がここまで聞こえてくる。 オレはせっせとドリンクを入れる。 しかし久しぶりだってのになんでこんな感じになっちゃうんだよ。 灰谷が気を使ってアイスなんか買ってくるからだ。 全種類まんべんなく。手際よく。 段取りを考えてテキパキ働くのがオレは好きだ。 気を使って?ちげえか。 あいつの言葉にはウソなんてない。 それはわかってる。 オレが食べたいって言うと思ったから。 オレが喜ぶと思ったから。 きっとただそれだけ。 じゃあ『オレが喜ぶから、明日美ちゃんと別れてオレと付き合ってくれ』って言ったらあいつどんな顔するんだろう。 「いいぜ。オレも好きだったんだ、真島」……とかね。 な~い。 ないわ~。 じゃあもし、たとえば……。 『オレ、明日美ちゃんのことが好きなんだ。頼む灰谷、明日美ちゃんと別れてくれ。明日美ちゃんがオレに気がないのはわかってる。でも、オマエといる明日美ちゃんをオレは見てられない。頼む』って言ったとしたら……。 ……別れるって言いそうな気がする。 たとえ灰谷が明日美ちゃんのことを好きになっていたとしても。 そんな風に思うのはオレのうぬぼれだろうか。 『男友達より女っしょ』とは絶対にならない気がする。 なんだオレのこの灰谷に対する信頼感。 盲目ってやつか。 違う。 ちゃんとあるんだよ。 オレはそれをわかってる。 だからそう、オレはこの信頼を失いたくない。 たとえそれがオレの独りよがりだったとしても。 余計なのはオレのこの恋情だ。 恋情? なんかすんごい言葉出てきたわ、オレ。 恋情。 恋の情? コレって恋か? まあよくわからないけど。 これさえなければ、きっとずっと死ぬまで灰谷のそばにいられる……はずだ。 友達として。 空いたダンボールを畳んでいく。 機械的にテキパキと。 城島さんの言っていたように世界は広い。 灰谷より好きになる人間、男でも女でも、ちゃんといるはずなんだ。 だから、乗り切らなきゃならないんだ。 そうしないと城島さんみたいに、何年たっても引きずることになる。 わかるけど……。 今のオレにはどうすることもできない。 どうにかできる気がしない。 裏口から外に出て、ゴミ置き場にダンボールをキレイに揃えて重ねる。 暑い。 何気なく見上げた空は真っ青で白い雲がモクモクしている。 『自分と向き合って相手と向き合って、その先へ』と城島さんは言った。 きっと何年も何年も、悩んで苦しんで、そしてある日、飛んだんだろう。 城島さんのあの夢の話を思い出した。 死刑台……。 死は決まってるのに、いつまで経っても刑は執行されない。 怖いな。 ガチャッと裏口のドアが開き、灰谷が顔を出した。 「真島、ドリンク補充終わった?そろそろ混むからレジ入れって店長が。真島?」 灰谷、なんでオマエなんだ。 なんで灰谷なんだ、オレ。 「わかった」 「どした?変なヤツ。オレの顔なんかついてる?」 「目と鼻と口がついてる」 「小学生か」 「あ、眉毛もついてる」 「下らね~」 前を歩く灰谷の背中を見て思う。 オレはまだ、新しい世界には踏み出せない。 オレはきっとまだ、このおなじみの地獄をさまよう。

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