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第78話 淋しい
城島さんの部屋の前にオレは立っていた。
インターホンを鳴らして、しばらく待つ。
応答はない。
ドアノブをそっと回してみる。
――開いた。
やっぱりカギはかかっていない。
中をのぞきこむ。
暗い。
城島さんはいない。
コンビニなら電気はつけたままだろうし。
出張からまだ帰らないのかな。
電気をつける。
城島さんの留守だけどまた勝手に上がりこむ。
「おじゃましま~す」
オレはテーブルの下に潜りこみ、貼ってある写真を確認する。
さっき公園で会った人、やっぱこの人だ。
城島さんと写ってる人。
この頃より多少歳をとっているけど、笑顔はそのままだった。
明るくてあったかそうな人だったな。
城島さんが惹かれたのもわかる気がする。
城島さんの部屋は最後に来た時と同じ。
ガランとして生活感のない、人の住んでいる気配がほとんどしない部屋。
机の上もこの間と変わりなかった。
真新しい灰皿と封を切られていないインドネシアのタバコとライター。
そして部屋のカギ。
城島さん、多分一度も帰っていないんだ。
さっきの人、様子を見に来ただけだったのかな。
でも、アパートまで来たのなら、ポストに貼られた「城島」の名前は見ただろうし。
もし部屋に入ったのならわかったはずだ。
城島さんが誰を待っていたのかを。
それでも、この部屋をそのままにしていったんだとしたら。
あの人は「愛しい」と言った。
『生きるってことが愛しい』と。
『あいつも、そう思ってくれるといいんだけどな』と。
愛しい。
愛しい。
生きることが愛しい。
朝メシがウマいとか、吉牛がウマいとか、仕事の成長とか。
そういうのはわかる気がしたけど。
自分が生きてるから感じること――それが愛しいかどうかってのはオレにはわからなかった。
歳を取ったらわかるのかな。
ふー。
部屋の主人も待ち人もいない空っぽの部屋は蒸し暑くて、そして――とても淋しかった。
淋しいな。
淋しい。
とても淋しい。
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