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第110話 一人②

夏の宵。 夜風が気持ちいい。 住宅街を抜けて公園を通りコンビニへ。 あ、この間灰谷と、これと反対のルート歩いたな。 なんて思いつつ。 アレコレ迷ってサンドイッチにいちごオーレ、アメリカンドッグっていう訳わかんない組み合わせに水のペットボトル、それからソーダ味のアイスを一本買ってコンビニを出た。 公園のベンチでアイスをかじる。 食後に食べようと思ってたけど、城島さんちには冷蔵庫がないんだった。 シャクシャクシャクシャク。 夜風が気持ちいい。 ぐ~。 腹が鳴った。 公園の時計は七時半だった。 今頃、灰谷は……。 バイトは十一時からだったから、もう終わってる。 黙って出ていったオレの事、どう思ってんだろ。 ふー。 ダメだダメだ。 一旦捨てなきゃ。 大事なものを捨てなきゃ。 とりあえずメシだ。 メシ喰おう。 城島さんの部屋に戻ってコンビニで買ってきたものを食べる。 モソモソモソ。 ん~なんか物悲しいなあ~。 動くものがないからか。 音出すものも。 取り壊しが決まってるせいか他の部屋はすでに空いてるっぽくて、建物全体に人の気配がない感じだった。 城島さんがテレビは捨てられないって言ってたのもわかるような気がするな。 映像だけでもチラチラしてたら、紛れそうな気がする。 紛れる? ああ。なるほど。 スマホの電源も入れてない。 PCもない。 テレビもない。 話せる人もいない。 あるのは自分だけ。 そっか。自分と向き合うのか。 怖え~。 なんだか今一瞬ゾッとした。 城島さんは働きながらだけど、これを一人でしばらくやってたんだよな。 スゴイよ。 オレなんか家出てから数時間しか経ってないのに、もうすでに帰りたくなってる。 ふう~。 なんか、メシ食えない……。 今日が八月の二十五日。 三十日までに帰るとして、あと五日か……。 長えな。 持つかなオレ。 何する? 一つだけ、やってみようと思ってることがあった。 でもそれは昼間だ。 寝るか。 いや、さっき起きたばっかなのに眠れるか? ――ってあら?急に腹が痛い。 トイレトイレ……。 「お借りしま~す」 はあ~スッキリ。 で、紙が……ない。 五センチ位残ってるだけ……。 いける?いけないだろこれ。 おーい。どうすんだコレ。 家だったら「母ちゃ~ん紙ないんだけど~」って呼べば済むのにな。 そうか、これが一人暮らし。 トイレットペーパーの在庫にも気を配らないとならないわけか。 はあ~。 神よ~。紙よ~。紙下さ~い。 オレは手を合わせて上を見上げた。 天井付近に突っ張り式の棚が吊ってあった! けど……何もない。 お~。どうする? オレはぐるりとトイレ内を見渡す。 便器の下辺りに置いておいたりは……ないね。 ああ~。 これは~ええと~パンツ足首に引っ掛けたままお尻突き出してチョコチョコ歩きながらトイレから出て……。 え~どうすんだ。 んん~。 あ~風呂場のシャワーで流す? それもな~。 あ~ピーンチ。 んん~。 振り向けば背後には窓。 カーテンがかかっている。 なんで窓にカーテン? そっとカーテンを開けてみる。 あ~外の廊下に面しているからか。 電気つけるとシルエットが見えちゃうからだな。 ――って、あった!!トレペ! 窓枠に一個、隠れるようにちょこんと載っていた。 あ~神よ。いや城島さん。 ありがとう。ありがとう。 事なきを得た。 はあ~。アホなことしてて疲れる。 オレはベランダの窓を開けて腰を下ろした。 アパートの二階からは家の明かりがボツボツと見えた。 あの明かり一つ一つの下に人が住んでるんだよな、なんて事を思う。 そしてオレみたいに悩んだり、メシ食ったり、トイレットペーパーがなくて困っていたりしてるんだろう。 その中には前に城島さんの言ったヒドイ事だって起こってるんだろうな。 昼の明るい明け透けさに比べて夜はなんて静かで懐が深いんだろう。 夜は昼のすべてを覆い隠す。 なんて事をつらつら考えていたら……。 ん? カーテンの影に灰皿。 城島さんの机の上に用意してあった灰皿だ。 そしてあのタバコとライター。 灰皿には長さの違う吸い殻が二本。 ――これって。 今のオレみたいに窓を開けて城島さんとあの人、公園で会ったあの人がベランダで二人、タバコを吸っている姿が目に浮かぶ。 二人、ただ静かにタバコを吸っている姿が。 ちょっと迷ったけど、母ちゃんゴメンと心でつぶやいて、オレもタバコに火をつけた。 あの人に教わったように肺に煙を入れて吐く。 フー。 吸って吐く。 吸って吐く。 繰り返してから唇を舐めると甘い。 城島さんは大丈夫。 うん。大丈夫。 オレは確信した。

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