111 / 154
第111話 一人③
髪にタバコのニオイがついたような気がしてシャワーを浴びた。
ガスは止められてて水だったけど夏なんで問題ない。
シャワーから出て、部屋へ。
ビシャビシャビシャ。
タオルを用意しとくの忘れてたんで床が濡れる。
リュックからタオルを取り出しカラダを拭いた。
ん?なんか全裸の爽快感?
裸のまま腰に手を当ててペットボトルの水をグビグビグビグビ。
ぷは~。
瓶の牛乳だったら銭湯だな。
ん~。
オレはなんとなく手を上げてフラフープよろしく腰をグルグル回す。
前後にも。
ピタンピタン。
ハハハハハ~。
小学生か!
あまりの自由さに服も着ずに床に腰を下ろそうと思ったけど、直にはちょっと抵抗あるんでタオルを敷いて座り、足を放り出して水を飲む。
ゴブゴブゴブ。
「あ~裸気持ちぃ~」
声に出して言ってみる。
このどこもかしこもの開放感。
家じゃあダメだろうけど、母ちゃんギャーギャー言いそうだし。
一人暮らしとかだったら裸族もありかもな、と思う。
裸一貫なんて言葉が浮かぶ。
このカラダ一つで何ができんのかな。
どこへ行けるのか。
『ガキの時って世界はもうせま~い、半径何キロだけどさ、大人になって見てみれば世界は広いんだ』。
城島さんの言葉を思い出した。
世界は広いか。
その広~い世界に今一人きり……。
うお~。ゾクゾクする~。
って……クシュン。
寒い。
調子に乗って裸でいすぎた。
エアコン入ってるんだった。
リュックからTシャツとパンツ、ハーフパンツを出して身につける。
と、コロンと何かが転がり落ちた。
シャープペン。
ああ、リュックに入れたんだっけ。
オレは手のひらの中で転がす。
なんの変哲もない古い緑色のシャープペン。
断捨離してたら机の引き出しの奥から出てきたんだった。
こんなものまだ取っていたとはな。
これは、灰谷がくれたんだった。
初めて会った日に。
小学二年生。
灰谷は転校生だった。
そんでオレの隣りの席になったんだ。
「健二くんに教科書見せてあげてちょうだいね」
先生に言われて机をくっつけて教科書を広げた。
「オレ、灰谷健二よろしく」
確かそんな第一声だったはず。
「オレ、真島信。よろしくな」
オレが返すと、灰谷は一瞬ヘンな顔をしたっけ。
で、ノートを広げるとあいつはペンケースからこのシャープペンを出したんだ。
「あ、シャープペン。いいな」
「持ってないの?」
「うん。うちの学校シャープペン禁止だよ。鉛筆じゃないとダメなんだ」
「そっか。オレんとこ大丈夫だった」
灰谷のペンケースの中には鉛筆が一本もなかった。
「鉛筆やるよ」
「え?いいの」
「うん。いっぱいあるし」
「じゃあコレ、やるよ」
灰谷はシャープペンを差し出した。
「え?いいの?」
「いっぱいあるからいいよ」
「うおっ。ありがとう」
初めて手にするシャープペンはすごく嬉しかった。
で……取っておいたんだな……多分。
八年前?九年前?
そんな出会い。
長いな……。
長げーよ。
リセット。
リセットか。
人間もどっかに初期設定のボタンがあればいいのに。
そんで設定を入れ直すんだ。
今は『灰谷―親友―設定』だろ。
それを『灰谷―恋人―設定』に?
いや、これは違うだろ。
んじゃあ、
『灰谷―親友←→恋人―設定』?
親友であり、恋人であり、みたいな?
ホントにそうしたいのオレ?
灰谷と付き合いたいのオレ?
それって今と違うの?
何が違うの?
どうなりたいの?
どうしたいの?
のののの……。
寝たい……ってのは正直あるけど。
別に無いなら無くてもいい。
それ以外は?
――他の人のモノになるのはイヤだ、明日美ちゃん時みたいな思いをしたくないってのはあるけど。
でも……明日美ちゃんとは別れたんだし……。
いや、でも灰谷なら次なんていくらでもあるんだし……。
つうかそもそもオレだけ設定してもな。
それにはオレがなんかアクション起こさないとだろ?
つまり……告白……とか?
それは今までの関係だって壊れちゃう可能性があるわけで。
きっとあいつはオレがこんな事考えてるなんてちっとも知らないわけで。
わけでわけでわけで……。
あ~もう、結局いつもの堂々巡りだ。
夏休み前と変わらねえ。
あ、いや、変わったか。
オレがあいつへの、灰谷への気持ちをハッキリと認識しただけだ。
自分をチャカして気づかないフリしてたけど。
自覚しちゃったよな。この夏で。
はあ~。
アホだ。
そうオレ、アホなんだよ。
ぐるぐるぐるぐる考えて足が止まるタイプ。
アレコレアレコレ考える。
アレコレ通りだった事なんてほとんどないのに。
でも、考えずにいられないんだ。
自分のこういうとこがもう……ホント……。
だ~。
寝よう。
早めに起きて、出かけよう。
オレは電気を消してリュックを枕にして目を閉じた。
ともだちにシェアしよう!