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第112話 海へ向かう
「あっちい~~~」
自転車を漕ぎながらオレは叫んだ。
もうかれこれ何十分、ペダルを踏み続けているんだろう?
時計はしてこなかったし、スマホの電源は切ってるしで、どれ位経ってるのか時間がわからない……。
海に行こう、中学生のあの夏、灰谷とたどり着けなかった海に行ってみよう、なんてセンチメンタルな事を思ったオレがバカだった。
夏の暑さをナメていた。
ジリジリ皮膚を焼く日差し。
ダラダラ流れる汗。
アスファルトの照り返しでムンムンする。
熱風。熱風だ。
暑い!暑すぎる!
地球温暖化は着実に進んでる。
あの頃より絶対暑い。
うお~頭の中まで暑~い。
それに車道、怖え~。
スピード上げた車がブンブン横を通る。
こんなだったっけ?あの時?
中学生のマジハイよ。
オマエらすごいな。
いや、アホなのか?
きっと……二人だったからだな。
二人だったから、どこまでも行けたんだ。
励まし合いながら、でも、こいつだけには負けたくないと思いながら。
信号待ちで自転車を止める。
う~いっ。
止まってるのも暑い。
つうか暑い。
「あっちいな灰谷」
『ああ』
「もうやめねえ?」
『まだ出たばっかだろ』
「暑いって~」
『もうちょっと行ってみようって』
「え~」
『じゃあ次にコンビニ見つけたら休もう』
「え~。うん」
オレは空想の灰谷と会話をする。
いや、中学生の灰谷とか?
大丈夫か?オレ。
メンヘラって来てる?
まあいいや。
あいつだったらこんな風に返しそうだからな。
コンビニコンビニ。
さっきまで何軒も見てきたのに、いざ探すと見つからないコンビニ。
暑い~。
あ~のど乾いた~。
つうか、うお~。
日焼け止めも塗るの忘れてたし。赤くなるんじゃねえの。
ヤベエって~。
心なしか風も無くなってきた。
おっ!そうだ!
オレは作業服なんかを売っているお店の前にチャリを止めた。
ジャーン!日避けハット、ゲットだぜ!
釣りなんかで使うやつみたいだけど、つばもあるし、飛ばないようにアゴ紐もついていた。
さっそくかぶってみる。
いいね~。
マジママコトは日除けのための帽子を手に入れた!
あ~こりゃあ、全然違うわ~。
こうやってアイテムをゲットして、海へGO!
マジママコトGO~!
うん。アホみたいだな。
でもこうやって自分を盛り上げていかないとな……。
と走り出してすぐにコンビニ発見。
キキーッ。退避~。
はあ~。涼しい~。
トイレ借りて顔ザバザバ洗ってから店内の休憩スペースに座ってスポーツドリンクをゴキュゴキュ。
ふう~。生き返った~。
今、何時?
店内の時計は十一時半をすぎた所だった。
朝メシ買いに寄ったコンビニで確か十時。
走り始めて一時間半ぐらい?ってとこか。
この時間は暑いわそりゃ。
もうちょっと早く出るつもりだったんだけどな。
海は……まだまだだな……。
こうして休憩しながら行かないとまた、倒れちまう。
つうかこの暑さにわざわざ自転車で海までなんて、ある意味自殺行為だ。
自殺か……。
ぼんやりと窓の外を眺める。
夏の日差し。
通りを歩く人達はみんな暑そうだ。
Yシャツにネクタイ締めて、スーツ姿のサラリーマン。
汗ダクダク。立ち止まってカバンを脇に挟みハンカチで顔を拭く。
……ご苦労さまで~す。
城島さんも、働いてんのかな。
本当の城島さんも。
って……うちの親父だってそうだよな。
買い物袋下げた主婦。
自転車の後ろに子供乗せたお母さん。
母ちゃんはパート行ったのかな。
カート押してゆっくりゆっくり進むおじいさん。
初めて来た場所で、多分、もう二度とは来ない場所で、オレは見知らぬ人たちを見つめている。
色んな人、いるなあ。
同じ人間は二人といない。
ここに今、オレはいる。
ここに今、灰谷はいない。
それだって、この世界なんだよな。
スマホの電源を切ってしまっているから、誰とも連絡がつかない。
オレの居場所を誰も知らない。
オレは今、誰ともつながっていない。
オレが今この瞬間、ここからジワッと音を立てて消え失せてしまっても、誰もわからない。
ないないないない……。
まるで自分が透明人間にでもなってしまったように感じた。
オレのいない世界で灰谷は。
灰谷は平気だろうか。
逆に灰谷がいない世界でオレは……平気だろうか。
灰谷がいない世界を、城島さんの部屋を借りて、『借りぐらしのマジマッティ』。
……下らねえ。
マジマッティってなんだよマジマッティって。
まあでも、そういうことか。
その割には海に向かってチャリ漕ぎ出しちゃってるけども。
バカになれ!
不意にそんな言葉が浮かぶ。
どこで聞いたんだろう。
バカになれ!
なんてシンプルで力強い言葉。
そう、もう、ここまで来たら、うだうだ考えてもしょうがない。
あれこれあれこれ考えて、考えすぎて、わからなくなってる。
バカになるしかねえんだわ。
カラダ動かして、動かして、海まで行く。
とりあえず、それだけだ。
おっとその前に。
オレはコンビニで購入した日焼け止めクリームを塗りたくる。
バカにはなるけど、肌はケア。
おっしゃ行くぞ海!
わかわかんない気合いを入れて、オレはまた走り出した。
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