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第113話 涙雨
バイクか……。
そういえば真島、夏休み前から欲しがってたな。
コンビニバイト中、雑誌コーナーを整えていた灰谷は並んだバイク雑誌を見てふいにそんな事を思いだした。
ククク。
小さな笑いがこみ上げる。
ホントはあいつ原付免許一回落ちてるからな。
中田と佐藤には恥ずかしいからって内緒にしてるけど。
「すんげえショック、マジショック。テキトーにやれば受かるんだと思ってた。つうか引っ掛け問題がさ~」って必死で弁解してたけど。
あいつあれでプレッシャーに弱いというか。
頭固い所があるしな。
二回目の時には灰谷も誘われて一緒に免許を取った。
バイクな、特に興味なかったけど……。
バイクか……。
「灰谷先輩、良かったらお先に休憩どうぞ」
友樹が声をかけた。
「じゃあお先に」
「は~い」
休憩室で灰谷は中田に電話をかけた。
「ウイーッス。あのさ、中田、オマエの兄貴に頼んでほしいことあるんだけど。あのな……」
*
「灰谷先輩」
電話を切ったところで友樹が顔を出した。
「あの、ちょっと来てもらってもいいですか?」
「ん?何?どした?」
友樹について店に行くとそこにいたのは……。
灰谷の顔を見てペコリと頭を下げたのは結衣だった。
「結衣ちゃん、表でいい?」
結衣は小さく頷いた。
店の前に出ると灰谷は制服の上着を脱いだ。
「バイト中にごめんね」
「いや、休憩中だったし。ここ、暑いね。あ、なんか飲む?」
「ううん。大丈夫」
「真島は今日、休みなんだけど」
「あ、うん。さっきの人に聞いた」
「そっか」
結衣はしばらくモジモジしていたがカバンから小さな紙袋を出した。
「あのね、真島くんに返したいものがあって。これ、灰谷くんから真島くんに渡してもらえる?」
「いいけど」
それは灰谷の手のひらに乗る位の大きさだった。
「多分、すごく大事なものだと思うから」
「わかった。渡しとくよ」
「うん。お願いします。あ、それと、灰谷くんて真島くんのお母さんと会うことあるよね?」
「節子?うん」
「…あのね、真島くんのお母さんにね、丁寧な心のこもったお手紙頂いたの。お返事書こうかと思ったんだけどそれも違うかなって。ありがとうございましたって伝えてくれる?」
「うん。わかった」
結衣はもう少し何か言いたそうな顔をしていた。
真島になんか他に伝言でも……ってのもヘンか。
ええと……。
灰谷が考えているうちに「じゃあ……」と結衣が言った。
「うん」
二、三歩歩いた所で結衣が振り返った。
「灰谷くん」
「ん?」
「あたしが言うことじゃないってわかってるんだけど」
「うん」
「真島くんの事、よろしくね」
そう言った結衣の顔は微笑もうとしているのだろう、でもそれが上手くいかずに泣き笑いのような表情になってしまっていた。
「うん」
灰谷は小さくうなずいた。
「じゃ……」
あ……。
その時急に雨が降り出した。
通り雨だろう。空は明るいままだった。
結衣ちゃん、傘持ってないよな……。
灰谷は小さくなっていく結衣の後ろ姿を見つめた。
まるで結衣の涙雨のようだと思った。
明日美も結衣ちゃんも、オレ達にはもったいない位、良い子だった。
良い子達だった。
ごめんな。本当にごめんな。
自分勝手だとわかってはいたが、灰谷は心の中で二人にわびた。
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