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第5話

 中也の知る限り、太宰に斯様な恐怖を植え付ける事の出来る相手は一人しか居ない。  ――――魔人。  其れが判ったところで、太宰が簡単に遅れを取るとは思ってはいない。油断をする訳が無い事も知って居る。  挫折等味わった事が無かったであろう此の男に其れを与えたのが自分では無いという事実は少なからず陰を落とした事に為る。  太宰に認めて欲しいと願う者、邪な想いを抱き自らの物にしたいと願う者、傷付けたいと願う者――様々な人間が居る中で、太宰自身を癒やす事が出来る存在は何人居るだろうか。恐らく今は中也以外に存在しない。 「……今日は止めておくか?」 「…………一緒に居たい」  抱き合った儘眠れたならどれ程幸せだろうか。  自由なんて与えなければ善かった。誰の眼にも触れさせず、自分の隣に置いておく事が出来たならば太宰が泣く事はなかった。  腹から力を抜き、背中から寝台に倒れ込めば太宰も一緒に為って倒れ込む。重力に従いのし掛かる体重は何よりも愛しく、間近で視線が絡めば何方からともなく唇を重ねる。  頭部から滑らせた手を首根に置き、舌先でなぞれば容易く唇は開かれ中也を招き入れた。  互いの唾液の交換。普段より幾分か躊躇いがちに差し出される舌先はまるで初めて戯れの接吻をした時のようで、表面を擦りあげてから先端を僅かに吸い上げれば太宰の両肩がぴくりと揺れる。  吐息に混ざり微かに聞こえる艶めいた声は中也の自制心を煽るのに十分ではあったが、今は太宰の心と躰を休ませたいと考える葛藤が、冷静な表情を浮かべた儘の中也の頭の中でせめぎ合って居た。 「……そんな顔で見んな。寝かせられなくなんだろ」  覇気の無い表情は其の儘、頬は僅かに赤く染まり薄ら涙を滲ませた双眸が中也を見詰める。 「……中也、」  太宰を想い遣る中也の葛藤が伝わったのか、片手同士の指を絡ませ敷布に縫い付けた太宰は其の儘中也の顔横へと頭を落とす。耳許に微かな吐息が触れて擽ったい。  ――――――私、 「――だざ、い……?」  思いがけない言葉に中也は耳を疑った。自らの願望がそう聞こえさせたのではないかと思う程に。

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